2025年6月28日29日に広島において開催された日本睡眠学会第49回定期学術集会に出席しました。
さらにオンデマンドで何度も聴講し最新の知見を学びましたので報告します。
(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。
〜これからの不眠症治療と、睡眠薬との上手な付き合い方〜
「夜、なかなか寝付けない」「夜中に何度も目が覚めてしまう」「朝早くに目が覚めて、その後眠れない」といった不眠の症状は、多くの方が経験する身近な悩みです。不眠が続くと、日中に強い眠気や疲労感を感じたり、集中力が低下したりと、日常生活に大きな支障をきたしてしまいます。
これまで、不眠症の治療といえば「睡眠薬を飲んで眠る」という方法が一般的でした。しかし、最新の睡眠医学では、薬に頼り切るのではなく、生活習慣を見直し、最終的には「睡眠薬を安全に減らして卒業(中止)すること」を目指す新しい治療の考え方が主流になってきています。
本稿では、これからの不眠症治療における正しい知識と、睡眠薬との上手な付き合い方について、最新の医学データをもとに分かりやすく解説いたします。
睡眠薬はずっと飲み続けるもの?「出口」を見据えた治療へ
不眠にお悩みの方の中には、「一度睡眠薬を飲み始めたら、一生やめられなくなるのではないか」と不安に感じる方が多くいらっしゃいます。実際、昔からよく使われているタイプの睡眠薬(ベンゾジアゼピン系など)は、長期間飲み続けると身体が薬に慣れて効きにくくなったり、薬をやめようとするとかえって眠れなくなる「依存」という状態になりやすいことが分かっています。また、ご高齢の方では、夜中にトイレに起きた際の転倒や骨折、物忘れ(認知機能の低下)のリスクを高めることも懸念されています。
国や医療機関もこの問題を重く見て、睡眠薬をたくさん出しすぎないような対策を行ってきました。しかし、実際の調査データを見てみると、睡眠薬を「3種類以上」飲んでいる方の割合は、2005年の4.8%から2019年には2.6%へと約半分に減ったものの、薬の「量(強さ)」が多い方の割合は12.2%から13.1%へと、むしろ少し増えてしまっているという現実があります。これは「350mlの缶ビールを3本飲んでいた人が、500mlの缶ビール2本に変えた」のと同じで、見かけの錠数が減っても、実質的な薬の量は減っていないことを意味しています。さらに、約9.4%の患者さんが、1年以上も同じ睡眠薬を漫然と飲み続けていることも分かっています。
これからの不眠症治療では、ただ薬を飲み続けるのではなく、最初から「症状が良くなったら薬を減らしてやめる(出口戦略)」という目標を、医師と患者さんがしっかりと共有することが最も重要です。
一番のお薬は「生活習慣を整えること(睡眠衛生)」
不眠症を根本から良くするために欠かせないのが、「睡眠衛生」と呼ばれる生活習慣の改善です。どんなに良い睡眠薬を飲んでも、生活リズムが乱れていれば十分な効果は得られません。逆に言えば、毎日のちょっとした工夫で、睡眠の質は劇的に改善します。
具体的なポイントは以下の通りです。(重要)
起きる時間を一定にする: 休日であっても、毎日同じ時間に起きて朝の太陽の光を浴びることで、体内時計がリセットされます。
お昼寝は短く、早めに: お昼寝をする場合は、午後3時までに20〜30分程度にとどめましょう。夕方以降の長い昼寝は、夜の睡眠を妨げます。
カフェインは夕方まで: コーヒーや緑茶などに含まれるカフェインは、想像以上に長く体内に残ります。就寝の4時間前(午後3時のおやつ以降)は避けるのが無難です。
夜の強い光を避ける: 寝る1〜2時間前からは、スマートフォンやパソコンの画面を見るのを控えましょう。強い光は脳を覚醒させてしまいます。
入浴のタイミング: 人は「身体の深部の体温」が下がる時に眠気を感じます。就寝の2〜3時間前にお風呂にゆっくり浸かると、寝る頃にちょうど体温が下がり、自然な眠りにつきやすくなります。寝る直前の熱いお風呂は逆効果です。
より安全性の高い「新しい睡眠薬」の登場
もし生活習慣を改善しても不眠が続く場合は、睡眠薬の力を一時的に借りることが有効です。近年では、従来のお薬よりも副作用や依存の心配が少ない「オレキシン受容体拮抗薬」という新しいタイプのお薬が登場し、専門医の間でも第一の選択肢として推奨されています。
世界的なデータ解析によると、昔からある睡眠薬は、副作用(有害事象)が起こる確率が48%〜54%と高めでした。一方で、この新しいオレキシン受容体拮抗薬は、副作用の確率が42%〜46%程度と報告されています。これは、実は「有効成分の入っていない偽薬(プラセボ)」を飲んだ時に「副作用が出た」と感じる確率(42%)とほとんど変わらない数字です。つまり、新しいお薬は、長期間服用しても非常に安全性が高いことが科学的に証明されているのです。
眠れないからといって「早く布団に入る」のは逆効果?
不眠でお悩みの方がよくやってしまう間違いが、「眠れないから、せめて体を休めようと早く布団に入る」ことです。実はこれが、不眠を長引かせる大きな原因になります。
例えば、あなたの身体が本来「6時間」しか眠れない状態だとします。それなのに、夜の10時から朝の8時まで「10時間」も布団の中にいたらどうなるでしょうか。引き算をすれば明らかなように、毎晩必ず「4時間」は布団の中で目を覚ましてゴロゴロと苦しむことになってしまいます。
これを解決するのが「睡眠スケジュール法」という考え方です。あえて布団に入る時間を今までより30分〜1時間遅くして、少し眠気を感じてから布団に入ります。そして、夜中に何度目が覚めても、朝は決まった時間に必ず起き上がって布団から出ます。こうすることで、布団にいる時間と実際に眠っている時間を近づけ、睡眠を「ギュッと濃縮」させることができます。
アプリやカウンセリングが「お薬の代わり」になる時代がもうすぐ
このような、睡眠に対する考え方や行動を変えていく治療法を「不眠の認知行動療法(CBT-I)」と呼びます。研究データによると、睡眠薬を減らしてやめようとする際、ただお薬の量を減らすだけでなく、この認知行動療法を組み合わせることで、お薬をやめられる成功率が約1.4倍から3.2倍も高くなることが分かっています。
※筆者補足)CBT-Iは日本睡眠学会認定の専門医療機関で実施されています。
最近では、専門の医師や看護師から直接指導を受けるだけでなく、スマートフォンの「治療用アプリ」を使った不眠治療も始まっています。日本の臨床試験では、この不眠治療アプリを使った患者さんは、使わなかった患者さんに比べて、寝つくまでの時間が「平均して15.8分も短縮」し、布団に入っている時間のうち実際に眠れている割合(睡眠効率)が「4.6%向上」するなど、お薬と同等レベルの確かな改善効果があることが実証されています。
※筆者補足)スマートフォンの「治療用アプリ」は2025年7月に保険申請され現在審査中。
医師や医療スタッフと「一緒に決める」ことが治療の第一歩
これからの不眠症治療は、医師から言われた通りにお薬を飲むだけではありません。「SDM(共同意思決定)」といって、医師と患者さんがしっかりと話し合い、お互いに納得して治療方針を決めていくことがとても大切です。
「お薬を飲むメリットとデメリットは何か」「いつ頃を目標にお薬を減らしていくか」「日々の生活でどんな工夫ができそうか」。治療を始める最初の段階から、これらの「出口(ゴール)」について話し合っておくことで、安心して治療に取り組むことができます。
不眠でお悩みの方は、一人で抱え込まず、まずは生活習慣のちょっとした見直しから始めてみてください。そして、お薬について不安や希望があれば、遠慮なく医師やスタッフにご相談ください。
※筆者補足)当院では「睡眠衛生」の指導、および必要なら「オレキシン受容体拮抗薬」の処方をいたします。 従来の「ベンゾジアゼピン系」は処方しておりません。
また、他院で処方されたベンゾジアゼピン系薬を当院で処方継続を依頼されることがございますが、処方された先生にご依頼していただくようにお願いしておりますのでご理解願います。
本稿は以下の講演を参考にしています。
日本睡眠学会第49回定期学術集会
睡眠学基礎セミナー12
不眠障害 〜総合科学としての睡眠学〜
高江洲義和先生(琉球大学大学院医学研究科 精神病態医学講座)
