日本睡眠学会第48回定期学術集会聴講録その4

日本睡眠学会第48回定期学術集会は2024年7月18日19日の2日間開催され、

その後オンデマンド配信も1ヶ月以上ありました。

(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。

S29-1 最新の研究動向から考える新たなCBT-I研究の必要性

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構・WPI-IIIS
中島 俊先生

CBT-Iの定義と課題:形式知化の必要性

CBT-I(不眠症に対する認知行動療法)の定義は研究者や臨床家によって異なり、治療方針の決定プロセスが明確でないため、研究の再現性が損なわれると指摘されている。
特に、タイムインベッドの設定入眠・起床時間の決定 において、先行研究のレビューによると、具体的な根拠が不明確なまま患者の希望を優先する現状がある。

この問題はCBT-Iの有効性に関する解像度を低下させるため、暗黙的に行われている治療過程を形式知化する必要性 が高まっている。
形式知化とは、個人の経験や勘に頼るのではなく、客観的なデータに基づいて治療プロセスを明確にすること である。
さらに、生成AIの登場 により、治療者の判断過程をデータ化し、AIに学習させる重要性が増していると強調された。


AIセラピストの研究開発とその課題:臨床推論の可視化

AIセラピストの開発や臨床トレーニングにおいて、臨床推論のデータ不足 が大きな課題となっている。
例えば、患者が「何をしても眠れない」と訴えた際に、セラピストがどのような判断をし、どのように対応するかを詳細に分析する必要がある。

単に共感的な応答を生成するだけでなく、

  • どのような情報をもとに判断するのか
  • どのようなプロセスで解釈し、介入を決定するのか

といった点を明確にする必要がある。

この課題を解決するためには、臨床家の思考プロセスを自然言語化し、「Chain of Thought」手法で可視化 することが重要となる。
また、臨床家の経験や勘といった 暗黙知を形式知化することで、AIセラピストの育成やトレーニングプログラムの開発 につながると考えられる。


CBT-Iの作用機序:主観的情報と客観的指標

CBT-Iの作用機序に関する研究では、心理学的側面睡眠医学的側面 が区別されているが、特に睡眠医学的側面 が重要視されている。
研究によると、一時的な睡眠不足がその後の治療効果を高める 可能性が示唆されている。

  • 主観的な情報に基づいてCBT-Iを実施すると、睡眠不足を誘発しやすくなる。
  • その睡眠不足がCBT-Iの効果をもたらす可能性がある。

しかし、主観的な情報に基づいたアルゴリズムを客観的指標で置き換えることが、治療効果を減弱させる可能性 も指摘されている。

最近のウェアラブルデバイスの進歩により、客観的な睡眠データの収集は容易になったが、主観的な不眠の認知行動療法を単純に客観的データに置き換えることは適切ではない という重要な視点が提示された。


今後の研究方向性:人間拡張型CBT-Iの実現へ

今後の研究では、患者の訴える苦痛度を正確にアセスメントすること が重要視される。

演者らの研究グループでは、

  • テレビ会議システムを活用し、多種多様なデータを収集
  • 人が関与することでCBT-Iがなぜ有効なのかを解明する試み

を行っている。

また、高分解能データを活用した研究を進める とともに、心理療法のアウトカムとデータを関連付け、機械学習を用いてCBT-Iの作用機序を解明するレジストリー の構築を計画している。

さらに、人間拡張型CBT-Iの実現 を視野に入れ、

  • 多様な提供方法を開発 することで、
  • より多くの患者がアクセスしやすい治療を実現すること

が今後の重要な研究課題となる。

S29-2 不眠の認知行動療法のネットワークメタアナリシス

東京大学大学院医学系研究科脳神経学専攻精神医学
古川 由己先生

CBT-Iの構成要素分析の必要性:要素ネットワークメタアナリシス

不眠症は罹患率が高く、重症化すると患者の苦痛が大きいため、効果的な治療法の確立 が求められている。
CBT-I(不眠症に対する認知行動療法)は第一選択の治療法として国際的に推奨 されているが、その構成要素が多岐にわたるため、何が効果的なのかを明確にする必要 がある。

実際、CBT-Iの構成要素は統一されておらず、文献によっては10数個の要素が記載 されている。
演者らは 要素ネットワークメタアナリシス という手法を用いて、CBT-Iの各要素の相対的な効果を分析した。
この手法では、複数の治療法や構成要素を同時に比較し、それぞれの効果を評価 することが可能である。


系統的レビューと分析:CBT-Iの実施状況と要素の効果

系統的レビュー により 241件のRCT を特定した結果、以下のことが分かった。

  • CBT-Iは心理療法として第一選択 であるが、実際には薬物療法が優先 される傾向がある。
  • アメリカ内科学会では、心理療法が薬物療法よりも推奨 されているが、CBT-Iの提供体制が十分に整っていない
  • 睡眠衛生指導の単独効果は限定的 であり、時間を費やすべきではない という研究結果も報告されている。

さらに、要素ネットワークメタアナリシス の結果、

  • 認知行動療法(CBT-I)は、行動療法や認知療法単独よりも効果が高い
  • 両方の要素を組み合わせることが重要 であることが示唆された。

臨床的示唆:刺激統制法、睡眠制限法、認知再構成の重要性

分析の結果、以下の要素が有効である可能性 が示された。

  • 刺激統制法(寝床を睡眠と関連づける行動療法)
  • 睡眠制限法(ベッドで過ごす時間を制限し、睡眠効率を高める手法)
  • 認知再構成(睡眠に関する不適応な考え方を修正する認知療法)

一方で、

  • リラクゼーションは効果がない、またはマイナスに働く可能性 も示唆された。
  • 対照群の効果が低い ことから、人が介入すること自体に治療効果がある可能性 も示された。

症状別の効果的なアプローチ として、

  • 入眠困難には刺激統制法が有効 である可能性
  • 中途覚醒には睡眠制限法が有効 である可能性

が示唆された。

この知見は、CBT-Iを実施する際に、どの要素を重点的に取り組むべきかを判断する上で役立つ

S29-3 プライマリ・ケアにおけるCBT-I普及の阻害因子と促進因子:その対策と展望

名古屋市立大学大学院医学研究科こころの発達医学寄附講座/CBTセンター
坂田 昌嗣先生

CBT-Iのエビデンスと普及の現状:実装科学の視点

CBT-I(不眠症に対する認知行動療法)は、不眠症の第一選択治療 として推奨されているが、日本ではまだ十分に普及していない。
その理由として、医師のCBT-Iに対する認知度の低さ が挙げられる。

  • 特に、刺激統制法や睡眠制限法といった有効性の高い要素の認知度が低い ことが明らかになった。
  • 一方で、睡眠衛生やリラクゼーションは比較的知られているが、使用頻度は低い という問題もある。

この状況は日本に限らず、欧州でも同様にCBT-Iの普及が遅れている ことが指摘されている。

現状を改善するために、演者は 「実装科学」 の視点の重要性を強調した。
実装科学とは、エビデンスのある治療法を現場で効果的に実施するための科学 であり、以下の点が求められる。

  • RCT(ランダム化比較試験)で治療効果を検証する
  • 実際の医療現場での実施可能性を検討する

さらに、CFA(Consolidated Framework for Implementation Research) というフレームワークを紹介し、

  • 介入の特性
  • 外部環境
  • 内部環境
  • 個人の特性

といった要素を考慮する必要性を述べた。


プライマリ・ケアでの課題とニーズ:半構造化インタビュー調査

演者らの研究チームでは、プライマリ・ケアにおけるCBT-I普及の課題を明らかにするため、総合診療医を対象に半構造化インタビュー を実施し、阻害要因と促進因子 を検討した。

阻害要因(CBT-Iの普及を妨げる要因)

  • 睡眠衛生指導が重視される一方で、CBT-Iの他の要素が実践されていない
  • うつ病などの合併症をスクリーニングする必要性や、医師の時間不足
  • 睡眠指針の内容は理解されているが、「なぜそれを行うのか」の理解が不足している

➡ これらの結果から、CBT-Iの本質的な理解が不足している ことが示唆された。

促進因子(CBT-Iの普及を促す要因)

  • エビデンスを重視する医師が多い
  • 既存の患者教育ツールをCBT-Iに応用できる可能性がある
  • 患者の話を丁寧に聴く時間を確保できる医師もいる

➡ これらの要因を踏まえ、プライマリ・ケアにおけるCBT-I普及の具体的な対策を検討する必要がある


CBT-Iの普及に向けた提案:多職種連携と教育プログラム

CBT-Iの本質的な要素である 「睡眠制限」と「刺激統制法」 を重視し、普及を促進するために以下の対策が提案された。

教育プログラムの開発

  • 医師だけでなく、他の医療従事者(看護師・心理士など)もCBT-Iを提供できるよう研修体制を整備
  • 現場で活用しやすい簡便な指導法を開発

柔軟な対応の必要性

  • CBT-Iを提供する際には、患者の個別性に合わせて柔軟なアプローチを取る

エビデンスの蓄積

  • 費用対効果や安全性に関するデータを収集し、医療現場での実装を促進

多職種連携の強化

  • 医師だけでなく、心理士、看護師、薬剤師などの多職種が連携してCBT-Iを提供する仕組みを構築

➡ これらの対策を総合的に実施することで、プライマリ・ケアにおけるCBT-I普及を促進できると考えられる。

S29-4 コメディカルスタッフが提供する短時間CBT-Iの提案

富山大学/株式会社アモール
長井麻希江 先生

短時間CBT-Iの必要性と開発背景:高齢者への配慮とアクセス改善

既存のCBT-I(不眠症に対する認知行動療法)は、睡眠効率の計算などの複雑な手続きが、高齢者にとって負担となる可能性 がある。
また、睡眠外来などの専門機関を受診できる患者は限られており、より多くの人がCBT-Iを受けられる環境の整備 が求められている。

この問題意識のもと、長井先生は、自身が患者にCBT-Iを説明する際に感じた困難さ をきっかけに、コメディカルスタッフでも提供可能な短時間CBT-Iのプログラム開発 に取り組んだ。
このプログラムでは、CBT-Iの有効性を維持しつつ、簡略化することで、より多くの患者が利用できる ことを目指している。


短時間CBT-Iプログラムの内容:刺激統制法と睡眠制限法の重視

短時間CBT-Iは、刺激統制法と睡眠制限法を中心 に設計されている。

  • アセスメントシート を用いて患者の睡眠状況を把握
  • 睡眠日誌 によって睡眠パターンを評価

セッションは4回、1回10〜20分 で実施することを想定し、以下の流れで進める。

  1. 1回目 :動機付けとアセスメントシート記入
  2. 2・3回目 :睡眠日誌に基づいた個別課題への取り組み
  3. 4回目 :振り返りと再発予防

このプログラムは、CBT-Iの主要な要素を抽出し、短時間で効果的に提供できるように設計 されている。


パイロットスタディの結果:有効性と課題

対象者 :参加者9名(20代~70代)、全員が睡眠薬を使用していた。
主な結果

  • ISI(不眠重症度指数)が有意に低下
  • 睡眠薬中止例や減量例が確認
  • 面接時間の平均は12.4分
  • 寛解率は約60%、治療反応率は20%
  • 脱落者や有害事象は認められず

また、治療効果が高かった患者の特徴 として、

  • 意欲的で睡眠時間制限に積極的に取り組んだ
  • 寝床での考え事を日中に移動させるという刺激統制法が、育児中の患者に有効だった

一方で、効果が得られなかった患者の特徴 として、

  • 会話に集中できない
  • アドバイスに積極的に取り組まない

といった傾向が見られた。

この結果から、短時間CBT-Iは一定の有効性を持つが、対象患者の選定やプログラム内容の改善が必要 であることが示唆された。


今後の展望:RABBIT研究と普及への期待

短時間CBT-Iの有効性をさらに検証するため、RABBIT研究 という多施設共同研究 を通じて普及を目指している。

主な取り組みとして、

  • 睡眠制限と刺激統制法を中心としたアセスメントシートを開発
  • 睡眠日誌の記録は必須とせず、必要な患者のみに限定する柔軟な設計
  • 4つの医療機関のセラピストを対象に研修を実施
  • 2024年1月から臨床登録を開始

RABBIT研究の成果が明らかになれば、短時間CBT-Iの普及が加速し、より多くの不眠症患者が適切な治療を受けられるようになることが期待 される。

S29-指定発言 不眠症治療戦略における認知行動療法への期待と課題

琉球大学大学院医学研究科精神病態医学講座
高江洲 義和先生

CBT-Iへの期待と現実:エビデンスと臨床現場のギャップ

CBT-I(不眠症に対する認知行動療法)のエビデンスは確立 されているが、臨床現場での普及は遅れている
演者は心理療法を重視する立場だが、CBT-Iが第一選択治療とならない現状に疑問 を呈している。

CBT-Iは有効な治療法であるにもかかわらず、エビデンスと現実の間にはギャップ が存在する。
特に、

  • 専門家が睡眠衛生指導を重視する傾向がある
  • CBT-Iフルパッケージ(全要素を含む治療)の評価が低い

といった現状が指摘されている。

このギャップを埋めるためには、CBT-Iをより実践的で、臨床現場に適合したものにする必要 がある。


CBT-I普及への提言:臨床家の視点と情報発信

CBT-Iを広めるためには、臨床家の実情に合わせたアプローチが必要 である。
具体的には、

  • CBT-Iを身近なものにするための情報発信の強化
  • 多職種連携によるCBT-I提供体制の整備
  • 簡潔で実践的なCBT-Iプログラムの普及
  • プログラム医療機器(デジタルヘルス)の保険適用の推進

これらの提言は、CBT-Iの普及に向けた具体的な行動を促すもの である。


CBT-Iへの愛と臨床現場の現実:普及に向けた実践例

演者自身は CBT-Iを愛している と自負しているが、実際の臨床現場でCBT-Iを実践する医師は少ない という現実がある。
CBT-Iを広めるためには、

  • 専門家だけでなく、より多くの医療者が実践できる形にすること
  • 短時間で手軽に提供できる方法を開発すること
  • より多くの患者にアクセス可能な形で提供すること

が求められる。

その実践例の一つとして、YouTubeチャンネルでの情報発信 を紹介し、CBT-Iの普及に向けた取り組みを展開している。
演者の熱意と実践的なアプローチは、CBT-Iの普及を促進する上で重要な役割 を果たす。

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