高血圧に関する講演の聴講録

2025年2月27日に、WEBにて以下の講演を聴講し、最新の知見を学びました。

(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。

特別講演: 高血圧治療最新トピック クリニカルイナーシャ、どう対処しますか?

公益財団法人心臓血管研究所 名誉所長
山下 武志先生

1. 高血圧治療の現状と課題

  • 日本の高血圧管理の現状:
    • 日本人の高血圧患者(60歳代〜74歳)で、正常血圧(青信号)を維持しているのは10人に3人しかいない。
    • 75歳以上では、130mmHg台まで許容しても正常血圧を維持しているのは5割に満たない。
    • この状況は、2010年頃の心房細動に対する抗凝固療法の実施状況(3〜5割)と酷似している。

   → 多くの高血圧患者が、適切な治療を受けられていないため、心血管イベントのリスクが高い状態にある。

     140mmHg以上の平均血圧は必ず心不全になっていく。

  • 臨床イナーシャ(Clinical Inertia)の問題点:
    • ガイドラインで推奨されている治療法(例:降圧目標120mmHg台)が、臨床現場で十分に実践されていない。
    • 医師が過去の経験や知識(例:130mmHg台でも許容)に固執し、新しい情報や推奨を受け入れにくい。
    • 患者側の要因(例:服薬アドヒアランスの低さ、治療への抵抗感)も、臨床イナーシャを助長する。
    • 医師と患者のコミュニケーション不足、医療情報の非対称性も問題である。
  • 行動経済学から見た患者の心理:
    • 損失回避性:患者は薬が増えることや副作用のリスクなど、損失を過大に評価し、治療による利益を過小評価する傾向がある。
    • 現状維持バイアス:現在の状態を維持しようとする心理が働き、治療の変更や強化をためらう。

    → これらの心理的要因が、適切な高血圧治療の妨げとなっている。

2. 臨床イナーシャを克服するための戦略

  • 投薬をシンプルに
    • 複雑な治療法や多剤併用ではなく、シンプルで理解しやすい治療法を導入する。
    • 心房細動におけるDOAC(直接経口抗凝固薬)のように、高血圧治療においても新たな選択肢(例:サクビトリル・バルサルタン:エンレスト®)を活用する。
    • サクビトリル・バルサルタン
      • ARBとネプリライシン阻害薬の合剤。
      • 強力な降圧効果(単剤で20mmHg程度の降圧)と心血管イベント抑制効果が期待できる。
      • 1日1回200mg投与というシンプルな用法。
  • 降圧剤は血圧を5mmHg〜10mmHg下げる薬である。
    • 降圧利尿剤は平均5mmHg
    • カルシウム拮抗薬平均10mmHg
    • ARB平均10mmHg
    • サクビトリル・バルサルタンは平均20mmHg下げる!
    • 血圧150台の人を120台にすることは、ARB単剤だと、5人に1人しかできないが、サクビトリル・バルサルタンは3人に1人達成できる。130まで下げればあとカルシウム拮抗薬(CCB)を加えれば120になる。
    • 血圧173mmHgの患者を単剤で120台することは無理である。130台まで持っていく。サクビトリル・バルサルタンはなんと4割の人で130台に持っていける。
  • 治療方針の明確化と共有:
    • 医師と患者が、治療目標(例:家庭血圧120mmHg台)を共有し、共に治療に取り組む姿勢を持つ。
    • 患者の理解度や受容度に合わせて、情報を段階的に提供し、不安や疑問を解消する。
    • 家庭血圧測定の重要性を強調し、患者自身が治療に参加する意識を高める。

3. 家庭血圧測定の意義と活用法

  • 家庭血圧の重要性:
    • 診察室血圧よりも、心血管イベントリスクとの関連が強い。
    • 診察室の血圧がどうであれ家庭血圧が高ければリスクは高い。家庭血圧こそが治療する本体である。
    • 患者の治療への主体的な参加を促し、アドヒアランス向上に繋がる。
    • 平均血圧は、全身死亡、心血管、脳卒中に対して大きな影響を及ぼす。
    • 最大値と最小値の差は、もちろん影響を及ぼすが、圧倒的にインパクトは小さい。
  • 家庭血圧測定の具体的な指導:
    • 正しい測定方法(例:座位、安静時、朝晩2回測定)を指導し、測定値の記録を促す。
    • 測定値の解釈(例:平均値、変動幅)を説明し、治療目標達成度を評価する。
    • 季節変動(例:夏は低め、冬は高め)を考慮し、必要に応じて薬剤調整を行う。

4. 高齢者高血圧治療の個別化

  • フレイル(虚弱)高齢者の特徴:
    • 身体機能や認知機能の低下、多剤併用、低栄養など、様々な問題を抱えている。
    • 血圧変動が大きく、降圧薬による副作用(例:起立性低血圧、ふらつき)が出やすい。
    • フレイル高齢者では、血圧高値と予後不良との関連が報告されている(逆Jカーブ現象)。
  • 個別化治療のポイント:
    • 画一的な降圧目標(例:120mmHg台)ではなく、患者の状態(例:フレイルの有無、ADL、認知機能)に応じた目標設定を行う。
    • 降圧薬の選択や用量調節は慎重に行い、副作用のモニタリングを強化する。
    • 非薬物療法(例:食事療法、運動療法)の重要性を再認識し、生活習慣の改善を促す。
    • 患者本人だけでなく、家族や介護者との連携を密にし、多職種でサポートする。

5. 季節変動を考慮した高血圧治療

  • 血圧の季節変動:
    • 気温の変化に伴い、血圧は変動する(夏は低く、冬は高い)。
    • 10℃の気温変化で、収縮期血圧は5〜6mmHg変動する。
    • 季節変動を考慮せず、年間を通じて同じ治療を行うと、夏は過降圧、冬は降圧不足となる可能性がある。
  • 季節に応じた薬剤調整:
    • 夏:降圧薬の減量または中止を検討する。
    • 秋:血圧上昇に備え、早めに降圧薬を増量または追加する。
    • 冬:降圧薬を増量または追加する。
    • 春:血圧低下に注意し、必要に応じて降圧薬を減量する。

6. 質疑応答から

  • 家庭血圧測定を促すためには?
    • 質問形式で患者に問いかけ、考えてもらう。
    • シンプルな目標設定をし、患者さんの許容度を上げる。
    • 有名人やマスコミを活用し、血圧管理の重要性を啓蒙する。
  • フレイル患者の血圧管理は?
    • 85歳以上はエビデンスがないため、各患者で個別に対応する。
    • 85歳以下でフレイルでも認知機能が保たれている場合は、平均120mmHgを目指す。
    • フレイル患者で認知機能が落ちている場合は、血圧管理よりも生活の質を重視する。
  • 血圧変動への対応は?
    • 最大値と最小値の差よりも平均血圧を重視する。
    • 質問から入り、回答を出して次のソルーションを提示する。
    • エンレストは、シンプルに20mmHg下げることができるツールである。

総括

心不全は身近にいる高血圧患者がなる。9割を高血圧患者が占めている。

血圧管理が悪いから心不全になっている!

120台の血圧に比べて130台の血圧は心不全3割増し、140台だと5割増しである。逆に、130、140の人を120台にきちんとすると心不全は男性で4割、女性で6割減らすことができる。

高齢化社会に対応した血圧管理が求められる。

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