当院ではウォンツ伊勢丘薬局薬剤師と定期的に勉強会を実施しております。
内容要約を以下に記します。
1. 認知症総論
1-1. 認知症とは
認知症は、一旦正常に発達した記憶、学習、判断、計画といった脳の認知機能(高次機能)が、後天的な脳の器質的障害(異常タンパク質の病的な蓄積など)によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす疾患の総称である。
認知症の条件として、以下の3つが挙げられる。
- 明らかな記憶障害があること。
- 記憶障害以外に、失語、失行、失認、見当識障害などの認知機能障害があること。
- 日常生活や社会生活に支障があること。
加齢に伴う物忘れは自然な老化現象であり正常である。
1-2. 認知症の原因疾患
認知症は高齢化が進むにつれて急増している。
厚生労働省の調査結果によれば、2022年(令和4年)時点で、65歳以上の高齢者における認知症の推定患者数は約443.2万人であり、有病率は12.3%である。
さらに軽度認知障がい(MCI)も含めると、2022年時点で高齢者の約3~4人に1人が該当すると推定される。
認知症の原因は様々であるが、主なものとして以下の2つが挙げられる。
- 変性性認知症: 脳実質の変性によって起こる。アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがある。
- 血管性認知症: 脳血管障害によって起こる。
他に、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症なども原因となる。
1-3. 認知症の割合
厚生労働省 平成25年5月報告によれば、
• アルツハイマー型認知症:67.6%
• 血管性認知症:19.5%
• レビー小体型認知症:4.3%
• 前頭側頭型認知症:1.0%
• その他(混合型など):7.6%
1-4. 早期診断・治療の重要性
神経変性疾患は不可逆性に進行し、治療も困難なことが多い。しかし、その他の認知症(正常圧水頭症など)の中には、原因疾患を早期に治療することで劇的に認知機能が回復する場合があるため、鑑別診断が非常に重要である。
2. 代表的な認知症と薬物治療
2-1. アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症
これらは、脳内のアセチルコリンが減少しているため、アセチルコリンを分解する酵素であるコリンエステラーゼを阻害する薬(コリンエステラーゼ阻害薬)が有効である。現在、日本ではドネペジル(アリセプト®)が唯一、レビー小体型認知症にも適応を持つ。
2-2. 変性性認知症の分類と特徴
- アルツハイマー型認知症: 頭頂葉と側頭葉に障害が生じ、記憶障害や見当識障害が多く見られる。物盗られ妄想なども伴うことがある。発症や進行は緩やか(漸時進行性)。一般的に10年以上の経過をたどる。
- レビー小体型認知症: 後頭葉に障害が生じ、幻覚(特に幻視)が多いのが特徴。進行が比較的速く、5~7年程度で重度になることが多い
- 前頭側頭型認知症: 前頭葉と側頭葉に障害が生じ、人格変化や異常行動が見られる。平均して2~8年程度で急速に進行することが多い。
- コリンエステラーゼ阻害薬の効果:アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症(ドネペジルのみ)に効果がある。前頭側頭型認知症には効果がない。
2-3. 血管性認知症
脳の様々な部位に障害が起こるが、特に前頭葉の障害が多い。歩行障害などが早期に出現することがある。まだら認知症(できることとできないことの差が大きい)を呈し、急性に発症し、段階的に悪化する特徴がある。アセチルコリンの量は減少または変化しないため、コリンエステラーゼ阻害薬の効果は症例によって異なる。
3. 認知症の診断方法
- 問診: 本人または家族から物忘れなどの訴えを聞く。
- 認知機能検査: 医師による問診、神経心理学的検査(MMSE、改訂長谷川式簡易知能評価スケールなど)を実施。
- 画像検査: CT、MRI、SPECT、PETなどを用いて、脳の萎縮や血流低下などを確認。
- その他検査: 血液検査、髄液検査など。
これらの検査結果を総合的に判断し、認知症の診断および原因疾患の鑑別を行う。
4. アルツハイマー型認知症の詳細
4-1. 病理変化
アルツハイマー型認知症の患者の脳には、大脳皮質や海馬を中心に、以下の病理変化が見られる。
- 老人斑: 神経細胞外にアミロイドβタンパク質が沈着したもの。
- 神経原線維変化:神経細胞内に過剰にリン酸化されたタウタンパク質が蓄積したもの。
これらの病理変化により、シナプスの機能不全や神経細胞死が起こり、認知機能が低下する。
4-2. 経過と症状
アルツハイマー型認知症は、以下のように進行する。
- 初期(1~3年): 海馬の萎縮。物忘れ(特に新しい記憶の障害)が主な症状。
- 中期(2~10年): 側頭葉、頭頂葉の萎縮。見当識障害(時間、場所、人物)、失語、失行、失認などが現れる。
- 後期(8~12年): 大脳全体の高度な萎縮。自発性の低下、歩行障害、嚥下障害、失禁などが見られ、寝たきりになることもある。
4-3. 中核症状と周辺症状(BPSD)
認知症の症状は、以下の2つに大別される。
- 中核症状: 脳の神経細胞の障害によって直接起こる症状。記憶障害、見当識障害、失語、失行、失認、実行機能障害など。アルツハイマー型認知症では必ず見られる。
- 周辺症状(BPSD:行動・心理症状):中核症状に付随して起こる二次的な症状。不安、焦燥、興奮、徘徊、暴力、暴言、抑うつ、幻覚、妄想など。個人差や環境の影響が大きい。
4-4. 薬物療法
- 中核症状に対する治療:
- コリンエステラーゼ阻害薬: ドネペジル(アリセプト®)、ガランタミン(レミニール®)、リバスチグミン(イクセロンパッチ®、リバスタッチパッチ®)。
- NMDA受容体拮抗薬: メマンチン(メマリー®)。
- 周辺症状(BPSD)に対する治療: ケアが基本。薬物療法は対症療法であり、適応外使用となることが多い。
- 陽性症状(興奮、妄想など): 非定型抗精神病薬、抗てんかん薬、抑肝散など。
- 陰性症状(抑うつ、無気力など): 抗うつ薬、抗不安薬など。
4-5. コリンエステラーゼ阻害薬
- ドネペジル(内服): 軽度~高度アルツハイマー型、レビー小体型に適応。1日1回3mgから開始、1-2週間後に5mg、高度アルツハイマーには4週間以上経過後に10mgまで増量可。
- ガランタミン(内服): 軽度~中等度アルツハイマー型に適応。1日2回、1回4mg(計8mg)から開始。4週間後に1日16mg、さらに4週後には24mgまで増量可。
- リバスチグミン(貼付): 軽度~中等度アルツハイマー型に適応。1日1回4.5mgから開始。4週間以上の間隔で4.5mgずつ増量、18mgを維持量とする。
- 共通の副作用: 消化器症状(食欲不振、悪心、嘔吐など)、徐脈、心ブロックなど。
- 相互作用: コリン作動薬で作用増強、抗コリン薬で作用減弱など。
4-6. NMDA受容体拮抗薬
- メマンチン(内服): 中等度~高度アルツハイマー型に適応。1日1回5mgから開始、1週間ごとに5mgずつ増量、20mgを維持量とする。
- 副作用: めまい、傾眠、頭痛、便秘、血圧上昇など。
- 相互作用: シメチジン、アセタゾラミドなどで作用増強など。
- 腎機能障害患者への投与は慎重に行う(半減期が長く、重度では減量)。
4-7. その他の注意点
- 薬物療法を中断すると症状が悪化し、再開しても元の効果が得られない場合があるため、継続が重要。
- 消化器症状などの副作用が出現した場合は、減量や投与方法の変更(食直後投与など)、整腸剤の併用などを検討する。
- リバスチグミンは貼付剤であり、皮膚症状に注意する(5%程度)。
- メマンチンは中等度以上のアルツハイマーに有効であるが、軽度では効果が認められていない。
5. 認知症の新薬
- レカネマブ(レケンビ®): アミロイドβの塊になる前の段階(プロトフィブリル)に結合し除去する抗体薬。2週に1回、1時間かけて点滴。
- ドナネマブ(ケサンラ®): アミロイドβが凝集し線維化した老人斑に結合し除去する。4週間に1回点滴。最初は700mgを3回、その後は1400mg。
- 副作用: いずれもインフュージョンリアクションやアミロイド関連画像異常(ARIA: 脳浮腫や微小出血など)に注意が必要。
6. 漢方薬
- 認知症は、漢方では瘀血、腎虚、脾気虚、痰湿、肝鬱などの病態として捉えられる。
- 頭痛・物忘れ・・・有形の瘀血が脳の細い血絡を塞ぐため頭痛が多い健忘症がみられる : 当帰芍薬散は体内の血の栄養機能を正常に維持して脳の思考力を高める。川芎は頭部に上昇して頭痛を治し脳の血流を改善する主薬である。桃核承気湯は強力な活血剤であり、脳に瘀血が存在する頭痛・精神症状を治療する。
- 健忘・めまい・耳鳴り・聴力減退・腰痛・・・腎虚である。腎精不足により脳髄は空虚となり、めまいを伴う健忘がみられる: 六味地黄丸、八味地黄丸など。
- 息切れ・疲労・風邪をひきやすい・健忘・不眠・・・脾虚である。脾の清陽をを頭部に上昇させる機能が減退し健忘症状が現れる。脾虚は気血不足なので気血を同時に補うことが重要。: 六君子湯、補中益気湯。帰脾湯は気血を同時に補い息切れ、疲労感などの気虚症状と、動悸、めまい、不眠などの血虚症状を治療する。さらに思考力の減退、集中力減退、の治療にも用いる。
- 食欲不振、めまい、胖大舌・舌苔白膩・・・・痰湿内蘊(ないうん)である。: 半夏白朮天麻湯は、痰飲が頭部に上昇して頭竅を乱して頭痛めまいを生じた症状を治す。健忘症には当帰芍薬散や冠元顆粒を併用する。
- 易怒性、興奮、不穏、焦燥感、睡眠障害、幻覚妄想・・・肝鬱である: 抑肝散は肝気上昇や肝風内動による異常な動きを治療するのに適する。加味逍遥散は、肝気鬱結による情動不安定などの症状に適する。*抑肝散は、ドーパミン・セロトニン・GABA系のバランスを調整 し、神経の興奮を抑える作用があると考えられている。
- 夜間の不安症状が強い・・・肝鬱気滞である:柴胡加竜骨牡蛎湯は、竜骨牡蛎がその質重によって肝胆の気の上昇を鎮め、動揺・怯え・躁動不安の症状を改善する。
- 肝陽上亢によるめまい、頭痛:・・・・釣藤散など。
7. まとめ
認知症の治療は、早期診断と適切な治療(薬物療法、非薬物療法)が重要である。薬物療法においては、コリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬が中心となるが、近年、アミロイドβをターゲットとした新薬も登場している。また、漢方薬も補助的な治療として用いられることがある。患者さんの状態や症状に合わせて、これらの治療法を適切に組み合わせることが大切である。