第30回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会聴講録その2

2021年3月19日20日に、第30回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会 がWEB開催されました。何度も聴講し学習いたしました。

以下の記載は私の聴講メモですので、記載に間違いがあっても責任は負えませんのでご了承ください。

睡眠の謎に挑む~原理の追求から社会実装まで~

筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 WPI-IIS
柳沢 正史先生

陸生哺乳類における睡眠時間は、牛・馬は3時間くらいしか眠らないし10時間以上眠る種もある。人間は少ない方であるが、これらは種によってかなり違う。少なくとも哺乳動物で眠らない種は知られていない。系統樹が近いと睡眠量がにている。遺伝的背景で睡眠量は決定されているのであろうと推察される。
人間は夜に固めて睡眠をとる特殊なタイプであると言える。
睡眠時は動物にとって危険であるが、それでもなぜ眠るのか、また種によって睡眠量が違うのはなぜか、いずれもよくわかっていない。

睡眠学の常識として、脊椎動物は眠る、魚も眠る。また無脊椎動物について脳の構造は人間とは相同性が全くない昆虫や線虫も眠ることが判明している。
睡眠はどうやって発明されたのか?
最近クラゲが眠ることが報告された。クラゲは脳を持っていない。神経節と呼ばれるものはあるが、脳はない。
すなわち脳ができる以前から睡眠はある。ある程度の神経系を有する生物にとって睡眠は必須である。
人間は成人で7時間程度眠る。昨年国別の国民一人あたりのGDPと平均睡眠時間の調査結果が公表された。GDPが多いほど睡眠時間は長い傾向にあるが、日本は圧倒的に睡眠時間が少ない。欧米の国々は7時間半程度あるが、日本は6時間半しかない。1時間はスゴい差である。

GDPあたりの睡眠負債(睡眠不足)による経済損失は2.92%程度と言われており、大きな損失である。
徹夜明けのパフォーマンスは酩酊状態と同程度まで低下する(Nature1997)。
アメリカでは夜勤明けの医者は働かないほうがよいとされている。

連日の睡眠制限によるパフォーマンスの低下と自覚的眠気の増加について

2週間にわたり睡眠時間を8時間、6時間、4時間、0時間に分けて観察したところ、客観的なパフォーマンスはどんどん低下していったが、自覚的な眠気は思ったほど増加しないことが判明した。
つまり、寝不足になると自覚的な眠気をあまり伴わずにどんどんパフォーマンスは低下していくということである。

自覚的には十分に眠れている健康な若者の睡眠負債(寝不足)は平均1時間で、それを完済するのに4日かかる。

月曜日から金曜日まで睡眠負債をためて、土日で寝溜めして返す、ということはできないのである。

巷の睡眠の本には眠りの前半(1−2サイクル目のNREM睡眠)が重要である、みたいな内容が書かれているが全くの間違いで、REM睡眠は重要である。

最近REM睡眠の重要性を認識する論文が発表された。(JAMA Neurol. 77:1241-1251)
中高年男性(N=2675)を12年間フォローアップした報告では、REM睡眠が5%減るごとに総死亡率が13%上昇するという。

眠気の制御機構の謎

恒常性による制御 ー 徹夜明けは眠い
体内時計による制御 ー 時差ボケ
体内時計は目に入る光でリセットされる。
全身の体内時計をまとめているマスタークロックは視交叉上核である。
網膜にはブルーライトを感じる神経節細胞(視細胞とは別物)が散在しており、ここからのAXONが直接視交叉上核に信号を投影している。昼夜に体内時計を調整しているのが視交叉上核である。
早朝にブルーライトを見るともう朝だというシグナルとなりphase advanceとなり、夜間にブルーライトを浴びるとphase delayとなる。

メラトニンは夜のホルモンと呼ばれ、ベッドタイムに一気に分泌される。
恒常性による制御 ー 徹夜明けは眠い
体内時計による制御 ー 時差ボケ
に加えて、
狭義の覚醒系 ー 眠気が吹っ飛ぶ現象
が注目されている。
講義がつまらないと眠気がきて、やる気があると眠気がない。

ナルコレプシーとは睡眠覚醒スイッチングの不安定化である。

覚醒中にノンレム兆候(睡眠発作等)やREM兆候(情動脱力発作等)が突然起こる。
ほぼ100%の患者で髄液中のオレキシン欠乏が見られる。
脳内でオレキシン産生細胞が特異的に消失する。
ナルコレプシーは自己免疫疾患であることが最近報告されている。
オレキシンは覚醒を維持・安定化する機能がある。
オレキシン分泌は日中に多く夜間に低いが、その個人にとっては夜間高すぎて不眠になると考えて、オレキシン拮抗薬投与し減少させると不眠が解消される。
オレキシン拮抗薬を大量投与するとナルコレプシー様症状が発症することをマウスの実験にて演者らは確認した。

オレキシン拮抗薬の期待される特徴 ~既存のGABAa作動薬との比較~

REM睡眠を抑制しない。
睡眠脳波の性状を変えない(より自然な睡眠)。
筋弛緩作用がなく運動機能失調をきたしにくい。
アルコールとの相乗作用が少ない。
健忘や認知機能低下、せん妄を生じにくい。
耐性、依存性、リバウンドが少ない。
ノックアウト感、酩酊感 は少ない。

現在オレキシン受容体作動薬の開発中である。

これはナルコレプシーの治療薬となりうる。情動脱力発作の消失などが見られる。
オピオイドはがんの鎮痛に非常に有効であるが一方で眠気が副作用であるが、オレキシン受容体作動薬を投与すると鎮痛作用は変わらず眠気のみ消失させることができるという。

睡眠覚醒スイッチ(数秒)と睡眠要求の蓄積(数時間)

睡眠覚醒スイッチは数秒でオンオフされるが、睡眠要求は少しずつ蓄積される。
この差は何なのか、そもそも睡眠要求とは何か、が実は不明である。
ナルコレプシーの患者は過眠症というけれど、睡眠時間は健常人と変わらない。
すなわちオレキシンは恒常性維持に関与していない。

眠くなる仕組み

鹿威しを例にするとわかりやすい。オレキシンをうぐいすに例えると、
鹿威しの底部にうぐいすが止まると覚醒が維持される。その間に少しずつ眠気のもとである水が鹿威しに貯められる。ある程度以上貯まると鹿威しは傾きうぐいすも飛び立って眠気・睡眠が生じる。
しかし、現実にはこの鹿威しや、眠気のもとの水が何なのか、水がいっぱいになったらどのように信号が伝達されるのかもわかっていない。

演者らは過眠症を呈する変異マウスを作成した。

断眠させたマウスの脳内シナプスにはリン酸化されたタンパク質が多数認められる。
同様にSik3遺伝子変異が過眠症を発生させるが、同様の変化を認める。
リン酸化が蓄積すると眠気が生じるがSik阻害剤を投与すると眠気は消失する。
シナプスで機能する機能性蛋白質群のリン酸化が眠気の正体かもしれない。

不眠症の本質は睡眠時間の誤認である

健常者は主観的な睡眠時間と脳波上の客観的な睡眠時間はほぼ一致する。
一方慢性睡眠障害患者では、脳波上の時間よりも明らかに主観的睡眠時間が少ない、睡眠誤認の状態である。

PSG検査はSASの発見には有用であるが、不眠症の検査には向いていない。(入院する、電極が多数あり、など普段の睡眠状態を再現できない。)
演者らは現在自宅で自動AI睡眠ステージング測定が可能な装置の開発した。
InSomnograf®デバイス。
PSGとInSomnograf®との同時計測により、一致率82%、κ係数0.75を達成した。
今後クリニックでも簡易に出来るようになるとよい。

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