第72回日本アレルギー学会学術集会 聴講録 その3

(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。

目次

こちらの記事は以下の内容が書かれています。

●教育講演7 長引く咳で疑う線毛機能不全症候群

三重大学耳鼻咽喉・頭頚部外科
竹内万彦先生

PCD

線毛についての基礎知識
線毛機能不全症候群(PCD)の診断 ・PCDの臨床像
症例

線毛についての基礎知識

線毛Ciliaは動くか動かないかでまず分類される。
動かないnon-motile・・・細胞表面に出ているアンテナようなものである。1本だけ出ていていろいろな情報をキャッチする。この障害は繊毛病と呼ばれる。
動くmotile・・・中心微小管があるものとないもので分類される。
中心微小管のあるものは、波打つような動きをする(planar motion)。呼吸上皮や生殖器にみられ、粘液を送る働きをする。
中心微小管のないものは、くるくると回る(rotary motion)。回ることによって胎生期のnodeにより内蔵の非対称性が生まれる。

ダイニン(DA)は分子モーターである。ATPを消費して蛋白の立体構造が変化し、微小管がスライドする。
よってダイニンが欠損していると線毛は動かなくなり、種々の障害が発生する。
PCDの原因と考えられる遺伝子は50以上知られている。
PCD原因遺伝子でコードされる蛋白の異常があり、
主なものに、ダイニンの構成蛋白に関するDNAH5、DNAH9、DNAH11である。これはouter dyneine armsの部分である。
またダイニンを構成する部品である蛋白に関するcytoplasmic DA assemblyの遺伝子、日本人に多いDRC1(nexin-dynein regulatory complex)、線毛が作られるために必要なCCNO,FOXJ1などの遺伝子異常がある。
最近Natureに発表されたクラミドモナスの軸糸の原子構造は、
a,長軸方向でみると96-mmの繰り返し構造がわかる  b,軸糸の横断面では9+2構造の詳細がわかる
(Nature. 2023;618(7965):625-633.)

内臓の左右非対称性発生の機序

健常者では胎生期に線毛打により細胞外液が右から左に流れ、左側にNodal遺伝子が発現し心臓原基が左に発生し心臓が左となる。
この線毛の働きがなくなると内臓逆位が50%の確率で発生する。

PCDの臨床像

線毛(形成、構造、運動)に関連する遺伝子にバリアント(変化)→ その遺伝子によってコードされる蛋白の欠失、あるいは異常→ 構造、機能の損失あるいは低下 線毛構造の異常、粘液線毛輸送機能低下→ 臨床症状が発現する。慢性鼻副鼻腔炎、滲出性中耳炎、下気道疾患(気管支拡張症)、約半数に男性不妊、本邦の約4分の1に内臓逆位を認める
多くは常染色体潜性遺伝である。
2022年の報告では、PCDの頻度はおよそ7500名に1名 これまで考えられていたような稀な疾患ではない。
成人と小児ではその表現型は異なっている。
小児では水頭症、新生児呼吸促迫症候群、先天性心疾患が見られる。気管支拡張症は成人でみられる。不妊は成人にならないとわからない。

診断)

診断の大前提は呼吸器症状があり、嚢胞性線維症と原発性免疫不全症候群を除外できることである。
A.主要項目 以下の1-6の1つ以上を満たす
1.新生児では多呼吸、咳嗽などの呼吸器症状、肺炎、無気肺のいずれか
成人では気管支拡張症、あるいは細気管支炎
2.慢性鼻副鼻腔炎
3.滲出性中耳炎あるいはその後遺症
4.内臓逆位あるいは内臓錯位
5.男性不妊症
6.同胞に線毛機能不全症候群を疑う家族歴

Definite PCD(PCDの確定診断)は次のどれかを満たす

 線毛の電子顕微鏡検査でクラス1の所見
 PCDに関連する遺伝子にPathogenicあるいはLikely pathogenicなバリアントを認める
 iPS細胞により線毛運動障害を認め、原因遺伝子の修正に より線毛運動障害が修復される
次に詳しく述べる。
PCDに特徴的な電子顕微鏡所見には、
クラス1とクラス2がある。
クラス1の異常:これだけでPCD確定の所見
 外腕ダイニンの欠損
 外腕ダイニンと内腕ダイニンの欠損
 軸糸構造の乱れと内腕ダイニンの欠損
クラス2の異常:2つ以上の所見を組み合わせて考慮する
 中心微小管の欠損
 線毛の数が少なく基底小体の局在化が異常
 内腕ダイニンが存在し軸糸構造が乱れている
 25~50%の外腕ダイニンが欠損
 25~50%の外・内腕ダイニンが欠損

Definite PCDその2

遺伝学的検査で病的バリアント ・・・演者は最も重要な検査と考えている。
線毛機能不全症候群に関連する遺伝子
ARMC4、CCDC39、CCDC40、 CCDC65、CCDC103、CCDC114、CCDC151,CCNO、CFAP57、CFAP221、CFAP298、CFAP300、DNAAF1、DNAAF2、DNAAF3、 DNAAF4、DNAAF5、DNAH1、DNAH5、DNAH8、DNAH9、DNAH11、 DNAI1、DNAI2、DNAJB13、DNAL1,DRC1、GAS2L2、GAS8、HYDIN、 LRRC56、LRRC6、MCIDAS、NEK10、NME5、NME8、RSPH1、RSPH3、RSPH4A、RSPH9SPAG1、SPEF2STK36、TP73,TTC12,TTC25、 ZMYND10
これらの遺伝子の両アレルにPathogenicあるいはLikel ypathogenicなバリアントを認める。(常染色体潜性遺伝)
あるいはFOXJ1では片アレルにPathogenicあるいはLikelypathogenicなバ リアントを認める。(常染色体顕性遺伝)
あるいはOFD1,PIH1D3,RPGRでは、女性では両アレルに、男性では1つの アレルにPathogenicあるいはLikelypathogenicなバリアント認める。(X連鎖遺伝)

Definite PCDその3

PCD患者から採血しiPS細胞を樹立する。線毛運動障害を認めたら、原因遺伝子の修正により線毛運動障害が修復されることを確認する。

症例) 頻回に発熱以外に症状の乏しかった13歳女児例
生後7ヶ月より頻回の発熱を認め、難治性中耳 炎、副鼻腔気管支症候群といわれていた。
遺伝子検査で、外腕ダイニンの構造蛋白の責任遺伝子であるDNAH11に2箇所の構造変異がみられた(Exon59と75)。
Exon75はナンセンス変異だったが59はミスセンス変異だったので、iPS細胞を用いた検討を実施した。
→ 患者由来iPS細胞ではDNAH11蛋白がみられなかったが、遺伝子修復すると発現がみられた。

鼻腔NO測定はスクリーニングとして有用とされている。

カットオフ値 77nL/min = 233ppbである。健常者はほぼ100nL/min以上あるので、感度98%、特異度99.9%であった。
ただし最近は100以下の症例も散見されると報告がある。
携帯型のNIOX MINOを用いてもPCDでは鼻腔NO産生量は低値となることが示されている。

原因遺伝子は民族によって異なる。

日本人ではDRC1が47%、DNAH5は33%、DNAH11が11%であった。DRC1は内臓逆位は認めない。DNAH5とDNAH11は内臓逆位が生じやすい。
DHAH9の変異では呼吸疾患は少ない。

成人例での検討であるが、肺疾患の特徴として気管支拡張症があり、中葉舌区や下葉に病変の分布が多い。
インフルエンザ菌(H.influenzae)と緑膿菌(P.aeruginosa)の細菌がコロニゼーションしている。
CT所見:成人で気管支拡張症がなければPCDは否定できる。多脾や肺底の石灰化も見られる。
PCD患者は一秒量と努力性肺活量が低下している。
PCD患者における一秒量の経年的変化は個人差が大きい 。21%の患者は改善し40%は安定しており39%は悪化を認めた。
PCDでは鼻茸のない鼻副鼻腔炎が多い。
PCD患者の乳突蜂巣は発育が抑制されている。乳突蜂巣は年齢が高くなるほど発育が抑制されていた。

・線毛機能不全症候群の治療・管理について

現段階では根治治療はない
気管支拡張症の進展や肺機能低下の予防
 生活指導(痰の体位ドレナージ、禁煙)
 予防接種
 呼吸器感染罹患時の適切な治療(鎮咳薬を使わない)
適切な遺伝カウンセリング
男性不妊症については顕微授精 ●耳鼻咽喉科疾患に対する治療
鼓膜チューブ挿入術(推奨しない報告もあるEurRespirJ2009;34:1264-)
内視鏡下鼻内副鼻腔手術

Q and A 

Q 治療について何をしてあげたらよいか
A アジスロマイシンは有効かもしれないが報告はまちまちである。

●教育講演13 慢性咳嗽における咳感受性亢進とP2X3受容体

順天堂大学特任教授 星薬科大学名誉教授
亀井淳三先生

代表的な慢性咳嗽の原因と 咳感受性亢進の代表的要因
慢性咳嗽患者の約半数は咳喘息とアトピー咳嗽、喉頭アレルギーである。
咳感受性亢進の代表的要因
①咳受容体の感受性亢進
②気管支平滑筋の収縮

気道粘膜に化学的あるいは機械的刺激がはいると、RARs(Rapidly adapting receotors)が活性化しAδ fiberを介して咳中枢を興奮させる。
RARsは気道平滑筋にも分布しており、肥満細胞からヒスタミンやLTD4などが分泌されて刺激されるとAδ繊維を介して咳中枢を興奮させる。
一方で、C fiberは咳に抑制的に働くが、C繊維を刺激するカプサインを吸入すると咳が誘発される。この機序は軸索反射が関与している。
※軸索反射によるTachykininsなどの神経ペプチド放出
C線維が刺激されると、神経終末からサブスタンスPを代表とするタキキニンなど の神経ペプチドが放出される。これらの神経ペプチドは、気道の平滑筋、コリン 作動性神経節、分泌腺、免疫細胞などに作用し、気管支平滑筋収縮、蛋白質の血管外漏出、炎症細胞の遊走などの局所的な「軸索反射」を誘発する。結果的にAδ繊維を興奮させて咳となる。

C線維の興奮→C線維軸索末端からTachykininsなど神経ペプチド放出→RARs(rapidlyadaptingreceptor)刺激→Aδ線維の興奮→延髄の咳中枢に伝達

咳嗽反射を惹起

気道収縮により誘発される咳嗽反射には、気道収縮が直接的に咳受容体であるRARSを刺激することが判明した。
動物実験においても(犬)、咳をさせると少し遅れて気道収縮が観察される。
①気道上皮に存在する咳受容体(rapidlyadaptingreceptors(RARs)など)を直接刺激し、咳反射を惹起する
②神経性・体液性に気道収縮を引き起こし、気道平滑筋に存在するRARsを間接的に刺激し、咳反射を増強する
咳をすると気道収縮する。

ATP及びP2X受容体がどのように咳感受性亢進機序に関与しているのか?

演者らはモルモットにおいて、クエン酸では咳が誘発されない条件下で、ATPを吸入させると、濃度依存的に咳感受性が亢進することを示した。すなわちATP受容体アゴニストは咳感受性を亢進させる。
演者らの研究により、ATPはP2X3受容体を介してAS線維終末受容体(RARs)に直接作用して咳感受性を亢進することが判明した。
ATPはC線維を活性化するのか?→結論 活性化する。
①肺内に分布するC線維はNodose gangliaを介してその神経伝達を中枢に伝える。
②喉頭や上部気管などに分布するC線維はJugular gangliaを介してその神経伝達を中枢に伝える。
すなわちATPは肺の中にあるC線維を活性化させて気管支平滑筋収縮させる。
ヒスタミンによる気道収縮はATPaseを投与すると収縮しない。
→ ①気管支平滑筋収縮はATPの遊離を介してC線維を活性化する  ②気管支平滑筋収縮によるC線維の活性化にP2X3受容体が関与している
ヒスタミン吸入投与 → ATPが遊離される → C線維を活性化 → 気道収縮する

咳感受性の性差におけるP2X3受容体の関与はあるのか?

更年期になると女性は咳が増える。つまり更年期(エストロゲン減少)と咳感受性は関連している可能性がある。
卵巣摘出した女性はP2X3受容体が増加する。
仮説 女性のマスト細胞には特異的にP2X3受容体が発現しており、咳感受性が上昇している。

ゲーファピキサントクエン酸塩(リフヌア®)の作用機序

①ATPによるC線維の活性化を阻害して、 咳の刺激伝達を抑制
②ATPによるC線維の軸索反射の亢進による、RARs などの咳関連受容体の感受性亢進、気道平滑筋の収縮あるいは肥満細胞の活性化を抑制
③咳刺激によるATPを介したRARs の過剰興奮を直接的に抑制
④気管支平滑筋に分布するRARsの気管支平滑筋収縮による活性化を抑制するととも に、気管支平滑筋収縮/ATP遊離/ P2X3受容体活性化の連関によるC線維の活性化を抑制
⑤女性特異的に肥満細胞に発現しているP2X3受容体を阻害?(仮説)
⑥Estrogen減少により亢進したP2X3受容体機能の抑制(閉経後の女性)?(仮説)

リフヌア®の味覚障害機序について

ATPによる味覚情報の伝達機構
①苦味、甘味、うま味などの味覚刺激により遊離されたATPはP2X2及びP2X3受容体を介して味覚を伝える味覚細胞からの求心性神経伝達を活性化
②味覚刺激により遊離されたATPはP2X2受容体を刺激してさらなるATPの遊離を増加させる。
→ リフヌア®はP2X2及びP2X3受容体を阻害し、味覚細胞から味覚情報を伝える求心性神経伝達を抑制することで、味覚障害を誘発する。
服用している途中に味覚が正常にもどる症例もあるし、中止すればかならず味覚は回復する。

ゲーファピキサントはATPに対する咳感受性亢進のみを選択的に抑制する。カプサイシンやクエン酸で起こる咳感受性は抑制しない。
KeyTake aways
①ゲーファピキサント(リフヌア®)は咳感受性亢進の原因となる。
P2X3受容体を介する病態的咳嗽経路を選択的に阻害する。
②ゲーファピキサント(リフヌア®)は防御反応としての咳反射(生理的咳嗽)を抑制しにくい。
難治性慢性咳嗽の病態にかなった新規鎮咳薬である。

気道上皮のP2X4受容体は炎症により発現が増加する。炎症によりP2X1からX7のうちX4のみが発現増加する。
炎症性サイトカインであるIL-13を投与しても同様に発現増加する。
OVAで感作したモルモットの咳感受性は亢進する。
OVA感作モルモットの咳感受性亢進に対してP2X4受容体拮抗薬は咳感受性を正常化することが判明している。
その機序はアレルギー反応に伴う肺組織におけるP2X4受容体の発現増加することにある。

P2X4受容体阻害薬は難治性慢性咳嗽治療薬としての開発が期待される。

Q and A

Q P2X4は臨床に供するのでしょうか
A 現在Phase Iまで終了している。
Q 女性のマスト細胞にP2X3受容体は多いのか
A 女性に多いというよりも、閉経に伴うエストロゲン低下の作用がP2X3発現量増加に関与すると考えている。
エストロゲンをreplace すると元に戻ることも報告されている。
Q C線維の活性化が軸索反射を介さずに直接脳にいくと抑制性に働くのは昔から教科書に書いてあるが、どういう機序でしょうか。
A 未だ十分わかっていない。現在も研究されている。
Q リフヌアはどのような患者に有効か
A 炎症が強い患者、気道収縮がメインの咳患者、間質性肺炎など。IPFの気管支肺胞洗浄液中にはATP濃度が上昇している。肺のATP濃度が上昇するような疾患患者の咳に有効だと思われる。
Q 平滑筋収縮はどうして咳を増悪するのか
A RARsはメカニカルレセプターでもあるから、機械的刺激で興奮する。

●MS4-8 通年性アレルギー性鼻炎に対する 後鼻神経切断術の長期効果の検討

徳島大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科
神村盛一郎先生

アレルギー性鼻炎に対する手術療法には
鼻粘膜変性手術:下鼻甲介粘膜レーザー焼灼術 
治療効果不良の場合
 鼻腔形態改善手術:内視鏡下鼻腔手術I型(下鼻甲介粘膜切除術、粘膜下下鼻甲介骨切除術)
 鼻中隔矯正術
主に通年性アレルギー性鼻炎に対して
 鼻漏改善手術:後鼻神経切除術

背景 通年性アレルギー性鼻炎に対する後鼻神経切断術の長期予後の報告は少ない。
後鼻神経切断術を行った患者(当院、31 例)
平均年齢=31.7 歳術後の通院期間=16.7 週
対象と方法
2010 年 1 月~2019 年 12 月に後鼻神経切断術を行った31 例のうち電話アンケート調査で回答が得られた17 例
・鼻症状スコア、薬物スコア、総括的状態、術後満足度を聴取
男性 12 例、女性 5 例、平均年齢 31,5 歳(16-68 歳)
手術から調査日までの期間は平均 62.1ヵ月(13-126カ月)

術式について

後鼻神経切断術
重症の通年性アレルギー性鼻炎に対して施行
後鼻神経のみ切断または蝶口蓋孔で血管を含む索状物を切断
切断にはバイポーラやハーモニックを使用
切断端はサージセル®と粘膜弁で被覆骨や軟骨片を留置した例も含む
《同時に行った手術》
鼻中隔矯正術 15 例
粘膜下下鼻甲介骨切除術 15 例
《術式、切断部の処置》
神経のみ切断 6 例、蝶口蓋動脈も含めて切断11例
骨または軟骨片を留置 4 例
結果)
鼻汁・鼻閉・くしゃみのいずれも術後に有意に改善し、かつ5年後も維持されていた。

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