2024年4月5日から7日の期間、パシフィコ横浜にて 第64回日本呼吸器学会学術講演会 が
開催されました。
(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。
目次
こちらの記事は以下の内容が書かれています。
Year in Review 腫瘍学術部会
所属 自治医科大学呼吸器内
門前戸 任 先生
門前戸 任 先生
免疫療法の基礎と臨床における最新の知見
7ステップスと免疫サブサイクル
免疫療法の進歩
- 免疫療法の根幹となる セブンステップス(2013年発表)に基づき、免疫の活性化経路が示されてきた。
- 2023年に チェンとミルマン によるアップデートが発表され、新たに 免疫サブサイクル の概念が加えられた。
免疫サブサイクルとは?
- TLS(3次リンパ様構造) の重要性を示す概念。
- 腫瘍内のリンパ組織が免疫活性化だけでなく、抑制的にも働く ことが示唆されている。
T細胞活性化の3つの状態
- 免疫砂漠型:T細胞が線維芽細胞やリンパ球により腫瘍内へ侵入できない状態。
- 免疫排除型:T細胞は腫瘍近くに到達するが、樹状細胞や顆粒球系細胞により排除される。
- 活性化型:T細胞が腫瘍内でしっかりと活性化される(PD-L1の発現は腫瘍細胞よりも樹状細胞での発現が主要 ではないかと考えられる)。
免疫プライミングの最新の考え方
- 従来の考え方:T細胞のプライミングは 所属リンパ節 で行われる。
- 最新の考え方:腫瘍内の働き も重要で、プライミングが 腫瘍内と所属リンパ節の両方で行われる。
*筆者補足)
PD-1(Programmed cell death-1) → T細胞表面にある「ブレーキ」
PD-L1(Programmed death-ligand 1) → がん細胞表面に出ている「ストップ信号」
→ T細胞のPD-1とがん細胞のPD-L1が結合すると、T細胞はがん細胞を攻撃できなくなる。
進行期非小細胞肺癌における免疫療法の進歩
PD-L1発現による治療選択
- PD-L1 50%以上:ICI単独療法(ペムブロリズマブ単剤)が推奨(KEYNOTE-024試験 → 5年生存率32%)。
- PD-L1 1~49%:ペムブロリズマブ単剤は効果が低いため 化学療法との併用が推奨(KEYNOTE-042試験)。
- PD-L1 1%未満:化学療法+ペムブロリズマブ(KEYNOTE-189試験)が標準治療(5年生存率10%未満)。
免疫療法+化学療法の追加
- PD-L1 1%未満の患者 に対し、イピリムマブ(抗CTLA-4抗体) を追加すると 予後改善(9LA試験:5年生存率22%)。
- POSEIDON試験 では デュルバルマブ+トレメリムマブ+化学療法(5年生存率19%)も報告され、9LA試験の代替となるか検討中。
*筆者補足)
- 9LA試験:ニボルマブ(オプジーボ®)+イピリムマブ(ヤーボイ®)+化学療法(2サイクル)。
- POSEIDON試験:デュルバルマブ(イミフィンジ®)+トレメリムマブ(イジュド®)+化学療法(3年生存率25%)。
手術期における免疫療法の位置づけ
術後のICI(免疫チェックポイント阻害薬)
- アテゾリズマブ(テセントリク®) が化学療法後に投与可能。
- PD-L1 50%以上:推奨
- PD-L1 1~49%:推奨されない
- EGFR遺伝子変異陽性:効果が低い可能性
手術前後の免疫療法と病理学的評価
術前ニボルマブ+化学療法(CheckMate816試験)
- 切除可能NSCLC(Stage IB~IIIA) を対象に ネオアジュバント療法(術前免疫療法) を実施。
- pCR(病理学的完全奏効):24%
- OS(全生存期間)も有意に延長(HR = 0.57)。
- PD-L1 1%以上で効果が高い。
*筆者補足)
- pCR(病理学的完全奏効):生存がん細胞が完全に消失した状態。
- mPR(主要病理学的奏効):生存がん細胞が5%以下の状態。
進行期におけるドライバー遺伝子変異陽性肺癌の治療戦略
マルチ遺伝子検査法とEGFR-TKI
- 検査方法
- オンコマインDx(NGS、46遺伝子を測定可能)
- コンパクトパネルDx(NGS、高感度、細胞診も可能)
- AmoyDx(PCR法、高感度、迅速診断)
EGFR遺伝子変異陽性肺癌の治療
- オシメルチニブ(タグリッソ®) がファーストラインの標準治療。
- FLAURA2試験:オシメルチニブ+化学療法の方がPFS・OSともに優れている。
- MALIPOSA試験:
- オシメルチニブ vs ラゼルチニブ vs アミバンタマブ+ラゼルチニブ を比較。
- アミバンタマブ+ラゼルチニブがPFSで最も優れる(HR = 0.70, P < 0.001)。
*筆者補足)
- アミバンタマブ(ライブリバント®):EGFRおよびMETを標的とする二重特異性抗体。
- ラゼルチニブ(第3世代EGFR-TKI)。
ALK融合遺伝子陽性肺癌の治療
- クリゾチニブ → アレクチニブ(30ヶ月PFS) → ブリグチニブ → ロルラチニブ(ローブレナ®) へと進化。
- ロルラチニブのPFSデータ により、ALK治療の戦略が変わる可能性。
まとめ
- 免疫療法 は 手術期(ネオアジュバント・ペリオペラティブ) への適用が進んでいる。
- PD-L1発現別にICIの適用が最適化 されつつある。
- ドライバー遺伝子変異陽性肺癌 では、オシメルチニブを中心に新たな併用療法が登場。
- ALK融合遺伝子陽性肺癌 では、ロルラチニブのPFSデータが新たな治療戦略に影響 を与える可能性。
Year in review 呼吸管理学術部会
小賀徹 先生
急性II型呼吸不全におけるHFNCの有効性
- HFNC(高流量鼻カニュラ) は 急性II型呼吸不全 において、全体的に 効果的かつ安全 であることが示された。
- COPDの急性増悪を軽減 し、慢性II型呼吸不全のCOPD患者の入院を減少させる可能性があるが、死亡率への影響は不確定。
非侵襲的換気(NIV)とHFNCの比較試験
- 15人の急性呼吸不全(ARF)患者 に対し、以下の3つの方法を ランダムに1時間ずつ 実施。
- HFNO(高流量酸素療法)
- Helmet NIV(ヘルメット型非侵襲的換気)
- Helmet CPAP(ヘルメット型CPAP)
- Helmet NIV の有効性が示唆される。
急性I型呼吸不全におけるHFNCの役割
- COVID-19による軽症呼吸不全患者(181人 vs 181人) を対象とした HFNC vs 酸素療法のランダム化比較試験 を実施。
- 結果:
- HFNCは臨床経過を必ずしも改善しない。
- ルーチン使用は推奨されない。
CPAPが喘息管理に与える影響
- 外来定期通院中の安定期成人喘息患者97人 を対象に 簡易検査を実施。
- CPAP治療の併用 により、喘息管理の改善の可能性が示された。
COPD患者における睡眠時無呼吸症候群(SAS)
- COPD患者136人(平均年齢72.8歳、平均FEV1 65.8%) に対し、タイプ3モニター(簡易検査) を実施。
- REI(呼吸イベント指数)15以上 の SAS疑いが30.1% に認められた。
- 気流制限や過膨張が、無呼吸に対して保護的に働く可能性 が示唆された。
(Rashiguchi Viri, et al. Po Prim Care Respir Med 2025)
まとめ
- HFNC(高流量鼻カニュラ)の普及
- 酸素療法とNIVの間を補完する治療法 として、近年その有効性が報告されている。
- II型呼吸不全(COPDなど) では 有効性が確認された。
- I型呼吸不全(COVID-19など) では 他の手法(NIVやヘルメットNIV)の方が優れている可能性 が示唆された。
- 重要な臨床試験
- FLOCOP試験(2022年)
- JaNP-Hi試験(2023年)
- 日本から 呼吸管理領域で重要なRCTの知見が世界に発信されたことは大きな成果。
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS)と呼吸器疾患の関連
- 日本の臨床研究により、喘息やCOPD患者のSAS併存リスクが明らかに。
- 見過ごされがちなSASの認識向上が期待される。
Year in Review アレルギー・免疫・炎症学術部会
權寧博 先生
健康への影響と肺機能軌跡(Lung-function trajectories)
肺機能軌跡と疾患リスク(Lancet 2024)
- 呼吸器の合併症:肺の成長不足や機能低下は、COPDや喘息の発症・重症化につながる。
- 心血管疾患:肺機能低下は、心臓病や脳卒中のリスクを高める。
- 代謝疾患:糖尿病や肥満などのリスク増加に関連。
- 精神健康:肺機能低下は、うつ病や不安障害と関連。
健康促進のための早期介入
一般的な健康促進
- 生活習慣の改善:禁煙、運動、バランスの取れた食事。
- 環境因子の管理:大気・室内環境の改善、アレルゲン管理。
- 予防接種:インフルエンザ、肺炎球菌、RSウイルスワクチン接種。
肺の健康促進
- 喘息の管理:早期診断と適切な治療。
- COPDの早期介入:スクリーニングと治療。
- 肺リハビリテーション:運動訓練や呼吸法指導。
結論
肺機能の可塑性を理解し、個別の肺機能軌跡に基づいた介入 を行うことで、健康促進と疾患予防が可能になる。
上皮バリア仮説とアレルギー疾患
上皮バリアの役割
- 皮膚・消化管・気道の上皮は、宿主と環境を隔てる物理的バリア を形成。
- 免疫寛容の発達 にも関与。
上皮バリア機能不全と疾患
- アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、喘息 などの発症に関連。
- 産業化や都市化によるエクスポソーム(環境曝露)の変化 が影響。
アレルギーマーチ(Allergy March)との関係
- アトピー性皮膚炎 → 食物アレルギー → 喘息 への進行が示唆される。
治療ターゲットとしての上皮
- TSLP、IL-33、IL-4 / IL-13 を標的とした生物学的製剤が有効。
エクスポソームと上皮バリア仮説(Allergy. 2022)
環境因子(エクスポソーム)の影響
- 食生活の変化(飽和脂肪酸の増加)。
- 環境物質(洗剤・大気汚染・マイクロプラスチック・タバコなど) が上皮バリアを破壊。
提案される対策
- 政府規制の厳格化。
- グローバルポリシーの調整。
- 患者教育と個別化された制御対策。
地球温暖化と花粉症の悪化
Nature Communications(2022)の報告
- 2100年までに花粉量が40%増加する可能性。
- 飛散開始が40日早まり、飛散期間が19日長くなる。
- 過去30年間で、飛散開始が20日早まり、飛散量が20%増加。
アレルギーと免疫の最新知見
アレルゲンとType2炎症
- アレルゲンが気道上皮に暴露 → アセチルコリン受容体(M3R)を介してType2炎症を誘発。
- タフト細胞(Tuft細胞) にライノウイルスを感染させると、ILC2(innate lymphoid cell type 2)が増殖。
- (Tuft細胞は気管・小腸・胃に存在し、最近その機能が解明されつつある。)
新規治療の進展
テゼペルマブ(Tezepelumab)
- ウイルス免疫を抑制せずに、Type2サイトカインのみを低下。
ベンラリズマブ(Benralizumab, Lancet 2024)
- 92%の患者がICS(吸入ステロイド)の高用量から減量。
- 60%以上が 必要時リリーバーのみの使用に移行。
- 48週目までの増悪なし:87%以上の患者がICS減量後も安定。
- 薬物の減量と臨床的寛解の関連性を評価し、生物製剤が寛解を達成可能であることを示した。
DPP-1阻害(好中球性炎症の治療ターゲット)
- Dipeptidyl peptidase 1(DPP1)阻害 は 好中球性炎症性疾患の抑制 に有望。
- Brensocatib(ブレンソカチブ)(DPP-1阻害薬)が 気管支拡張症の急性増悪を有意に減少(Phase 2試験進行中)。
まとめ
肺機能と健康リスク
- 肺機能低下は、呼吸器疾患、心血管疾患、代謝疾患、精神健康 に影響を与える。
- 早期介入により、疾患リスクの軽減が可能。
上皮バリア仮説とアレルギー疾患
- アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、喘息 の発症メカニズムと関連。
- 環境因子(エクスポソーム)の影響が大きい。
最新治療の進展
- 生物学的製剤(テゼペルマブ、ベンラリズマブ)が臨床寛解を達成可能。
- DPP-1阻害薬(Brensocatib)が、好中球性炎症性疾患の治療ターゲットとして期待。
肺機能の維持、環境対策の強化、新規治療の進展により、アレルギー・炎症性疾患の管理と予防が大きく進化している。
Year in Review 臨床諸問題学術部会
杏林大学呼吸器内科
皿谷 健 先生
皿谷 健 先生
肺移植の現状と課題
肺移植の待機期間
日本では肺移植の待機期間が長く、疾患ごとに異なるが、
- 間質性肺炎(IP):491日
- LAM:1076日
- 肺高血圧:1018日
特に間質性肺炎患者のサバイバル率低下が課題であり、待機期間の短縮が求められている。
脳死移植と予後
- 若年層(21〜41歳)の方が予後が良い傾向
- ドナーが60歳以上の場合、レシピエントの予後が悪化
- 女性ドナー → 女性レシピエント では予後良好のデータあり
抗線維化薬の進歩
- 75歳以上の高齢者でも早期開始が推奨
- 1年以上継続服用した患者では
- 2年生存率 89%
- 5年生存率 52.4%
- 急性増悪の抑制効果 も確認
肺移植の症例報告
- 58歳女性、3年間待機後に脳死移植を実施
- 移植前は酸素投与が必要だったが、移植後は酸素なしで生活可能に
- 京都大学でDPB(びまん性汎細気管支炎)で2年以上待機した患者もおり、地域による移植待機期間の差が課題
肺炎に関する研究
市中肺炎(CAP)の原因
- 6割の症例で原因菌が特定できず
- PCR検査でも4割のみ判明
- ウイルス由来:2割、細菌由来:11%
- 細菌・ウイルスの混合感染も存在
季節ごとのウイルス流行
- 冬:インフルエンザ、RSウイルス
- 春・秋:ライノウイルス
コロナ禍における肺炎とCOPD急性増悪
CAP(市中肺炎)の変化(2021〜2023年)
- コロナ肺炎の割合が8割 → 3割に減少
- 原因菌の判明率が27% → 42%に向上
- 秋にウイルス感染が増加する傾向
COPD急性増悪とウイルス感染
- COPD急性増悪の約2割でウイルス感染が確認
- 主な原因ウイルス
- RSウイルス
- ライノウイルス
- パラインフルエンザ
間質性肺炎とウイルス感染
コロナ禍前のデータ
- 間質性肺炎の増悪例の約2割でウイルスが検出
- 増悪の直接原因かは不明
行動制限解除後の影響
- 間質性肺炎の増悪例が増加
- 地域を超えた患者移動の影響が示唆
ワクチン・感染症対策
RSウイルスワクチンの開発
- 2023年に承認
- グラクソスミスクライン社(アレックスB):予防効果 82.6%
- ファイザー(アブリズボ):予防効果 67%
- 対象:60歳以上の患者
マイコプラズマの流行状況
- PCR陽性率:0.1%(非常に低い)
- 2023年秋、デンマークや中国北部で流行の兆し
- 2024年の日本での流行動向に注目
重症市中肺炎とステロイド治療
フランスの研究結果
- ヒドロコルチゾン投与により
- 人工呼吸管理開始のリスクが3割低下
- 昇圧剤使用リスクが4割低下
- 当院でもステロイド治療の適用を検討
MAC(非結核性抗酸菌症)と新規治療
アミカシン吸入療法の有効性
- ICU患者でMAC発症リスクを約7%低下
- アブセッサス感染症では培養陰性化率67%
- 今後の治療法として期待される
喀血治療と気管支動脈塞栓術(BAE)
トラネキサム酸の効果
- 点滴投与で喀血抑制に有効
- 吸入投与の効果は未確立
喀血治療での議論
- 使用される塞栓術材料
- ゼラチンスポンジ
- コイル
- NBCA(ヒストアクリル)
NBCAの期待
- 再喀血を抑える効果が期待
まとめ
肺移植
- 待機期間が長く、地域差が課題
- 抗線維化薬は早期開始が有効
市中肺炎・COPD急性増悪
- ウイルス感染が重要な要因
- コロナ禍後、従来の肺炎のプロファイルに回帰
RSウイルス・マイコプラズマ感染対策
- RSウイルスワクチンの承認
- マイコプラズマの流行に注意
重症肺炎・非結核性抗酸菌症の新規治療
- ヒドロコルチゾンが重症市中肺炎の予後改善
- アミカシン吸入療法がMACに有効
喀血治療の進展
- NBCA(ヒストアクリル)が再喀血を抑制する可能性
今後も肺移植の待機期間短縮、肺炎の診断率向上、新規治療の開発が重要課題となる。