第64回日本呼吸器学会学術講演会 聴講録その3

2024年4月5日から7日の期間、パシフィコ横浜にて 第64回日本呼吸器学会学術講演会 が
開催されました。

(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。

教育講演1 COPDに対する多面的アプローチと治療への展開

佐賀大学呼吸器内科
高橋浩一郎 先生

COPDの定義

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、生理学的な指標としてスパイロメトリーで1秒率が70%未満と定義される。


日本人COPD患者の特徴

グローバルと比較して、日本人のCOPD患者には以下の特徴がある。

  • 診断年齢が高い
  • 男性が多い
  • BMIが低い(痩せ型)

過去の大規模臨床研究(UPLIFT、TORCH)でも、日本人のCOPD患者は高齢・男性・痩せ型が多いことが示されている。


健康寿命とフレイル

健康寿命を考える上で重要な要素の一つが**フレイル(虚弱)**である。
日本のフレイル診断基準では、以下の5項目のうち3つ以上該当するとフレイルと診断される。

  • 体重減少
  • 筋力低下
  • 疲労感
  • 歩行速度の低下
  • 身体活動の低下

一般住民では約10%がフレイルに該当するとされるが、COPD患者では19%と約2倍の頻度であることが報告されている。


COPDの病態

COPDの最も重要な原因は喫煙をはじめとする外的暴露である。

  • 肺の器質性変化や気道の変化をもたらす
  • 全身性炎症(炎症性サイトカインの増加、抗老化因子の低下)が関与
  • 老化の加速により、骨粗鬆症・糖尿病・心血管疾患・骨格筋機能障害などが引き起こされる

COPD患者の画像所見と呼吸機能

COPD患者の画像所見と呼吸機能は必ずしも相関しない

  • 北海道コホートのデータによると、同じ治療を受けても呼吸機能が維持される群と悪化する群がある
  • 経過に影響する最も重要な因子は増悪である
  • 増悪が多いほど死亡リスクが高く、呼吸機能の低下も進行しやすい

COPDと肺の発達障害

COPDの定義は1秒率70%未満とされるが、成長過程で肺が100%まで成長しきれない集団が存在する。

肺の成長不全の要因:

  • 小児期の喘息やアレルギー性疾患の既往
  • 小児期の肺炎
  • 母親の喫煙

病歴聴取時には、これらの要因も考慮する必要がある。


骨格筋への影響

COPDにおいて骨格筋は重要な役割を果たす。

  • 体の約3割を占める重要な臓器
  • 種々のサイトカインを産生し、全身へ影響を及ぼす
  • 運動能力(最大酸素摂取量)と筋量は相関する

座位時間に対する介入

COPD患者では座位時間の削減が重要である。

  • 一般住民を対象とした研究では、座位時間が短いほど死亡リスクが低い
  • 高強度の運動を推奨するよりも、まず座る時間を減らすことが重要

COPD患者へのアプローチ

SCOPE試験

LAMA単剤とLAMA/LABAのコンビネーションを比較した試験(未治療のCOPD患者対象)。

  • LAMA/LABAのコンビネーションにより座位時間が減少
  • 最大吸気量(IC)が低い群や、活動時間が短い群でより効果が高い

COPD患者の背景因子

  • 配偶者がいない患者は座位時間が減りやすい
  • 孫がいる患者も座位時間が減る傾向
  • 配偶者がいる場合、活動量の変化が少ない可能性

歩数計の活用

歩数計を用いることで、患者のモチベーション維持に効果的

  • COPD患者の平均歩数は4200歩程度
  • 座位時間と脊柱起立筋・呼吸機能は負の相関を示す

目標歩数の設定には、ガイドライン第6版に掲載の計算式を用いる。


運動耐容能の重要性

運動耐容能(6分間歩行距離)は予後に影響する。
2022年の研究では、運動耐容能の低下がCOPDの予後を悪化させることが示されている。


増悪と好酸球

COPD患者の増悪には、好酸球性の炎症が関与している可能性がある。

  • 頻回増悪群では、末梢血好酸球数が多い傾向
  • 好酸球数が高いほど、トリプル治療(ICS/LABA/LAMA)が有効

トリプル治療

  • IMPACT試験のデータでは、好酸球が多い群でトリプル治療の効果が高い
  • 好酸球300以上を目安にICS・トリプル治療を考慮(GOLD 2024ガイドライン)

進行中の研究:TRACK研究

  • 鹿児島大学の井上教授が研究責任者
  • 軽症~中等症のCOPD患者に対し、トリプル vs LAMA/LABAを比較
  • 呼吸機能やQOLへの影響を評価中

難治性炎症と今後の展望

COPDでは、好酸球増多や難治性炎症を合併するケースも多い
現在、以下の分子標的治療が開発中

  • IL-5、IL-5レセプターα、IL-4レセプターα
  • IL-33ST2、TSLP
  • デュピルマブ(IL-4レセプターα抗体)はCOPD増悪の改善効果が期待される

健康日本21とCOPDの未来

従来の目標はCOPDの認知率向上だったが、第3次健康日本21ではCOPDの死亡率減少が目標となる。

  • 早期診断・早期介入が重要
  • 治療と生活習慣改善を組み合わせ、COPD患者のQOL向上を目指す

まとめ

COPDに対する治療は、薬物療法だけでなく、座位時間の削減・運動耐容能の改善・全身的アプローチが重要である。
最新の研究や治療法を活用し、患者個々に最適な介入を行うことが求められる

教育講演4 成人に対する肺炎球菌ワクチンの使い分け

琉球大学大学院医学研究科 感染症・呼吸器・消化器内科学講座
山本和子 先生

市中肺炎と肺炎球菌

  • 市中肺炎の最多原因菌は**肺炎球菌(20~30%)**である。
  • COVID-19流行期にも、最も多い起炎菌は肺炎球菌であった。
  • インフルエンザウイルスやRSウイルス感染症と肺炎球菌性肺炎は密接に関連している。
  • ヒトメタニューモウイルス感染症でも、肺炎球菌が最も重複感染しやすい起炎菌である。

肺炎球菌感染症の病態

  • 肺炎球菌は小児では鼻腔、高齢者では口腔内に定着する。
  • microaspiration(微小誤嚥)が主な感染経路
  • **侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は、菌血症や髄膜炎を引き起こし、高齢者の致死率は15~20%**と予後不良。
  • 肺炎球菌感染症の疫学は小児と高齢者の二峰性を示し、IPDの致死率も同様である。

COVID-19流行期の影響

  • マスクの着用により肺炎球菌を含む呼吸器感染症の罹患率が低下
  • 演者らの実験により、
    • 飛沫は95%減少
    • エアロゾルは79%減少

成人のIPD原因血清型の変化(日本)

  • PCV(キャリア蛋白ワクチン)導入により、小児の血清型が変化し、それに伴い成人のIPD原因血清型も変化
  • PCV13(13価肺炎球菌結合型ワクチン)によるIPD起炎菌のカバー率は26%、PPSV23(23価肺炎球菌ワクチン)でも47%
  • ワクチン未収載の血清型(例:12F)が増加傾向
  • 3型はワクチンに含まれるが、IPDの主要な原因血清型であり、院内死亡率が高い(2.54倍)

血清型3の免疫学的特徴

  • 血清抗体価が上昇しにくい
  • NLRP3インフラマソーム活性化 → IL-1βの産生増加 → IFN-γ増加 → マクロファージの細胞死を誘導
  • 重症感染症を引き起こしやすい

血清型12FによるIPDの特徴

  • 若年者、ワクチン未接種者、免疫不全のない女性でも菌血症を発症
  • 肺炎を伴わないこともある
  • PC-JP12Fという特徴的な遺伝子型を持ち、関東から全国に広がったと考えられる
  • 莢膜の厚さを変えるPhase variationにより、厚いタイプ(Opaque型)でIPDを引き起こしやすい

成人に対する肺炎球菌ワクチンの考え方

  • 定期接種の変更により、補助対象は初めて肺炎球菌ワクチンを接種する65歳の者のみとなった。
  • 日本で接種可能なワクチン
    • PCV13(プレベナー®)
    • PCV15(バクニュバンス®)
    • PPSV23(ニューモバックス®)

ワクチンの効果評価:オプソニン活性

  • 抗体が産生されても、貪食を誘導しないもの(役立たずの抗体)も存在
  • 演者らの研究では、PPSV23を接種済みでも12FによるIPDを発症し、オプソニン化が全く起こらなかった
  • PPSV23は5年ごとの接種が望ましく、再接種で効果が回復

ワクチン接種の順番:PCV13 vs PPSV23

  • PCV13を先行接種すると、PPSV23接種後の抗体価がより高くなる(ブースター効果)
  • ただし、1年以内に連続接種すると副反応(接種部位の発赤・疼痛)が強くなるため、1年以上あけることが推奨
  • 韓国の研究では、PCV13→PPSV23接種群が最も肺炎球菌肺炎の予防効果が高かった

予防効果(65~75歳の高齢者)

  • PCV13→PPSV23連続接種群:80.3%
  • PCV13単独群:66.4%
  • PPSV23単独群:18.5%

PCV13/15→PPSV23連続接種が推奨される対象

  • 基礎疾患のある者(特に糖尿病、慢性肺疾患、慢性心疾患、固形がんなど)

PCV15の追加血清型の意義

  • 22F:IPDの増加傾向(全血清型の約10%を占める)
  • 33F:IPDの約4%、薬剤耐性菌が多い(マクロライド耐性)
  • 特に3型に対する免疫原性が高く、効果が期待される

今後の課題:補助対象外の患者への接種推進

  • 65歳未満の高リスク患者(糖尿病、慢性肺疾患、慢性腎疾患、癌など)
    • PCV13/15 → 1~4年後にPPSV23が推奨される。
  • 65歳以上で未接種の患者
    • まずPPSV23を接種
    • 5年ごとのPPSV23追加接種が推奨される。
  • 66歳以上の患者
    • PCV13/15を先行接種し、1年~4年後にPPSV23を追加するのが望ましい。
  • 経済的負担を考慮する場合、23価ワクチンのみでも一定の効果が期待できる
  • 基礎疾患を併発するリスクが高い患者には、次回接種時にキャリア蛋白ワクチン(PCV13/15)を推奨
  • 5年ごとのPPSV23接種でもブースター効果が得られるため選択肢の一つ

ワクチン接種率の向上が課題

  • COVID-19流行中に接種率が低下しており、専門家の積極的な推奨が重要
  • 適切な接種スケジュールを提示し、患者への啓発を進めることが求められる

教育講演8 呼吸器感染症とアレルギー性気道炎症の関連

東邦大学医療センター大橋病院 呼吸器内科
松瀬厚人 先生

感染症とアレルギーの関連:ウイルスと真菌を中心に

本講演では、感染症とアレルギーの関係について、特にウイルスと真菌に焦点を当てる。


樹状細胞の役割

感染症による喘息の増悪には多くの細胞が関与するが、特に**樹状細胞(DC:Dendritic Cell)**が重要である。

樹状細胞の種類

  • 骨髄系樹状細胞(mDC)
    • 粘膜面(気道など)に存在し、抗原提示細胞として働く。
    • 外界の微生物を捉え、アレルギー性気道炎症の発症や維持に関与
  • 形質細胞様樹状細胞(pDC)
    • インターフェロン(IFN)を産生し、ウイルス免疫の中心を担う。
    • 免疫の暴走(アレルギー)を抑える「トレランス」の役割を持つ

ウイルス感染と喘息発症

RSウイルス(RSV)と喘息

  • RSVの「S」は**synsytia(合胞体)**を意味し、細胞を融合させる性質を持つ。
  • RSV感染は喘息発症・増悪・難治化すべてに関与する
  • 小児や高齢者に感染しやすく、「人生の両端の火を消すウイルス」とも言われる
  • 喘息を発症しやすくする「Asthmagenic」なウイルスである。

喘息発症リスクの比較

  • 最初の3歳までに喘鳴を伴う感染を起こした場合、6歳時点での喘息発症リスク
    • RSV感染なし → 1倍(基準)
    • RSV感染 → 2.6倍
    • ライノウイルス感染 → 約10倍

RSV感染による免疫変化

  • RSV感染により骨髄系樹状細胞(mDC)が増加し、ダニ感作と組み合わさるとさらに増加。
  • mDCは炎症を制御する「オーケストラの指揮者」として働く。

RSVと喘息の関係

RSVの母子感染と喘息発症

  • RSVは妊婦から胎児へ垂直感染する可能性がある。
  • 妊娠中のRSV感染を防ぐことが、新生児のRSV感染予防や喘息発症リスク低減につながる可能性

RSVと喘息増悪

  • RSV感染は炎症としては強くないが、喘息増悪を100%引き起こす「Asthmagenic」なウイルス
  • 一般的な風邪(鼻風邪、喉風邪、咳が強い)ほど喘息増悪を起こしやすい
  • インフルエンザは喘息増悪のリスクはあるが、年によって変動が大きい

RSVがAsthmagenicな理由

ロイコトリエン産生の誘導

  • RSV感染によりロイコトリエン産生酵素(5-リポキシゲナーゼ)の発現が増加
  • 喘息患者でRSV増悪した場合、ロイコトリエン産生が最も高い
  • 一方、TNF(炎症マーカー)はインフルエンザで最も高い。
  • RSVは強い炎症を引き起こさず、気道過敏性をじわじわと悪化させる

(筆者補足)5-リポキシゲナーゼ(5-LOX)は、ロイコトリエン(LTB₄、LTC₄、LTD₄)を生成し、喘息の発症や気道収縮を引き起こす。


RSVの再感染と喘息の慢性化

  • RSVは何度も感染するウイルス
  • 通常の免疫系では3回の感染で適応免疫が成立し、気道過敏性は減弱する
  • 喘息マウスでは繰り返し感染により気道過敏性が慢性化し、元に戻らなくなる
  • 喘息マウスではRSV感染のたびにTh2型炎症が強くなる

(筆者補足)インターフェロン(INF):抗ウイルス作用が強く、免疫系の調整にも関与する。


真菌と喘息

アスペルギルス感染と喘息

  • アスペルギルスはAsthmagenicな真菌である。
  • 肺のサーファクタントを破壊し、ロイコトリエンを産生する
  • 喘息患者では真菌に対する免疫が低下し、感染しやすくなる
  • 真菌感染が持続すると、IL-17が誘導され、好酸球と好中球の両方が活性化し、喘息が難治化する

(筆者補足)エイコサノイドは、炎症、免疫、血液凝固、血管収縮、気道調節などの生理機能を持つ脂質メディエーター。特にアラキドン酸から生成されるプロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサンが代表的。


まとめ

  • RSVとアスペルギルスはともに喘息発症・増悪・難治化に深く関与する
  • ウイルス感染による免疫低下が喘息を悪化させるメカニズムが解明されつつある
  • バイオ製剤が喘息寛解の鍵となる可能性がある。

教育講演9 呼吸器内科医に知ってほしい薬剤耐性菌制御

愛知医科大学医学部 臨床感染症学講座
三鴨廣繁 先生

細菌感染症による死亡率と主要な病原体

2019年に204の国と地域を対象に行われた世界疾病負担研究の体系的分析によると、細菌感染による死亡の主な原因は以下の通りである。

  • 最大の死亡原因:黄色ブドウ球菌
  • 第2位:大腸菌(世界135ヵ国で同様の傾向)
  • 5歳未満の小児では肺炎球菌が最大の死亡原因

また、以下の感染症が特に死亡率が高かった。

  • 200万人以上の死亡
    • 下気道感染症(400万人)
    • 血流感染症(291万人)
  • 100万人以上の死亡
    • 腹膜・腹腔内感染症(128万人)

国民の抗菌薬・薬剤耐性に関する知識と誤解

抗菌薬意識調査レポート2022(インターネット調査)において、
抗菌薬・抗生物質はウイルス(風邪)をやっつけるか」との質問に対し、
50%以上が「そう思う」と回答

これは、抗菌薬の誤用が広がる原因の一つとなっている。

サイレント・パンデミック:薬剤耐性菌(AMR)

  • COVID-19のパンデミックの影で、薬剤耐性菌の蔓延が進行
  • グラム陽性菌の耐性菌(黄色ブドウ球菌、肺炎球菌)は増加傾向なし
  • グラム陰性菌の耐性菌は増加(例)
    • ESBL産生腸内細菌目細菌
    • カルバペネム耐性エンテロバクター
    • 多剤耐性緑膿菌
    • アシネトバクター・バウマニ

薬剤耐性(AMR)対策と抗菌薬の適正使用

日本のAMR対策:抗菌薬使用の減少を目標

  • 抗菌薬の適正使用(De-escalationなど)の評価指標が必要
  • **Days of Antibiotic Spectrum Coverage(DASC)**が新たな指標として期待される。
  • 演者の施設では、DASCを用いた抗菌薬長期使用(11日以上)ラウンドの評価を実施し、改善が見られた

WHOの抗菌薬分類(AWaRe分類)

抗菌薬を以下の3つに分類し、適正使用を推奨。

  1. Access(第一・第二選択薬)60%以上の使用を目標
  2. Watch(耐性リスクが高いため使用を制限すべき薬剤)
  3. Reserve(最後の手段として使用する薬剤)

厚生労働省は、特に**「Watch」カテゴリーの抗菌薬(マクロライド、フルオロキノン、第3世代セファロスポリン)の使用削減**を目標としている。


病院における抗菌薬使用管理と耐性菌率の低減

兵庫医科大学病院の取り組み

  • 個々の患者の抗菌薬適正使用+全体の抗菌薬使用比率の監視
  • 感染制御部が主導し、使用比率が崩れた際に修正
  • 理想的な抗菌薬使用比率(%DOT)
    • カルバペネム:3
    • TAZ/PIPC(タゾバクタム/ピペラシリン):3
    • 第4世代セファロスポリン+CAZ/AZT(セフタジジム/アズトレオナム):3
    • キノロン:1
  • この比率を遵守することで耐性菌率が低下(UedaT, TakesueY, et al: Pharmaceutics 2023)。

愛知医科大学病院の薬剤耐性菌アラート指標

  • MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)割合 > 50%
  • ESBL産生大腸菌 > 30%
  • ESBL産生肺炎桿菌 > 10%
  • 抗菌薬低感受性緑膿菌(I/R)
    • 2クラス以上 > 20%
    • 3クラス以上 > 10%
  • カルバペネマーゼ産生腸内細菌目細菌(CPE)> 1例
  • カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)> 0.2%

CDCの耐性菌危険度リスト(URGENTレベル)

CDCは、**特に緊急性が高い耐性菌(URGENTレベル)**として以下の5菌種を指定。

  1. カルバペネム耐性アシネトバクター(CRAB)
  2. カンジダ・オーリス(Candida auris)
  3. クロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)
  4. カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)
  5. 薬剤耐性淋菌(Drug-resistant Neisseria gonorrhoeae)

CRE(カルバペネム耐性腸内細菌)のリスク因子

  • Performance Status(PS)2以上
  • 併存疾患3つ以上

この条件を満たす患者はCRE感染リスクが高く、注意が必要


CREに対する新規抗菌薬「セフィデロコル」

セフィデロコルとは?

  • シオノギ製薬が開発した新規のシデロフォア・セファロスポリン系抗菌薬
  • 多剤耐性菌を含むグラム陰性菌に有効
  • 細菌のカルバペネム耐性獲得に関わる3つの機序に影響されない
    1. βラクタマーゼによる抗菌薬の不活化
    2. ポーリンチャネル変異による膜透過性低下
    3. 排出ポンプの過剰産生

セフィデロコルの特徴

  • 鉄と結合する独自の構造を持ち、細菌の鉄トランスポーターを利用して能動的に細胞内へ運ばれる。
  • 細菌のペリプラズム内に効率よく取り込まれ、細胞壁合成を阻害

まとめ

  • 抗菌薬の誤用を防ぐため、適正使用の啓発が必要
  • サイレント・パンデミック(耐性菌の増加)に対する対策が急務
  • WHOのAWaRe分類を活用し、「Watch」カテゴリーの抗菌薬使用を抑制することが重要
  • 病院ごとの抗菌薬適正使用プログラム(ASP)を強化し、耐性菌率の低減を目指す
  • セフィデロコルのような新規抗菌薬に期待が寄せられるが、最後の手段として慎重な使用が求められる

教育講演10 バイオマーカー検査の使い分けとがんゲノム医療

山梨大学呼吸器内科
副島研造 先生

バイオマーカーとは

バイオマーカー(biomarker)とは、ある疾患の有無、病状の変化、治療の効果を評価するための指標となる生体内の物質を指す。

バイオマーカーの種類と用途

  • 診断マーカー:疾患の有無を診断する
  • 予後マーカー:病状の進行や生存率を予測する
  • 薬力学マーカー:薬剤(化合物)の作用機序を評価する
  • 予測マーカー:特定の治療による効果を予測(分子マーカー:遺伝子やタンパク質解析)
  • モニタリングマーカー:疾患の判断や治療への反応を評価
  • 患者層別マーカー:特定の分子を発現している患者を選別し、適切な薬剤を投与する
  • 安全性・毒性マーカー:薬剤の安全性や毒性を評価

肺癌におけるバイオマーカーの活用

EGFR-TKIと遺伝子変異の発見

2010年、EGFR遺伝子変異を有する患者に対してEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害薬)が有効であることが判明
これを契機に、肺腺癌における遺伝子異常を世界中で解析し、多数のドライバー変異が発見され、臨床応用されるようになった。

肺腺癌における主な遺伝子異常の頻度

  • EGFR:53%
  • KRAS:9.7%
  • BRAF:0.3%
  • HER2:1.9%
  • ALK融合:3.8%
  • RET融合:1.9%
  • ROS1融合:0.9%
  • NRG1融合:0.3%
  • BRAF融合:0.3%
  • MET exon14変異:2.8%

肺癌の分類の変遷とバイオマーカーの役割

肺癌の分類は、従来の組織型分類に加え、バイオマーカーによる細分化が進んでいる。

  • 従来:SCC(扁平上皮癌) vs. NSCLC(非小細胞肺癌)
  • その後:NSCLCの組織型細分化(肺腺癌・大細胞癌など)
  • 現在遺伝子異常+PD-L1発現レベル(50%以上・1〜49%・1%未満)

肺癌学会のIV期NSCLCにおけるバイオマーカー検査の推奨

  1. EGFR, ALK, ROS1, BRAF, MET, RET, NTRK, KRAS, HER2の遺伝子変異を検索
  2. PD-L1発現レベルの測定

これにより、患者ごとに最適な分子標的治療や免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を選択できる。


非小細胞肺癌における個別化治療の効果

遺伝子異常に応じた分子標的治療の導入により、非小細胞肺癌の3年生存率が50%以上となっている。

遺伝子異常の検索方法

  • 従来:1つの遺伝子を個別に検査(シングルプレックスCDx検査)
  • 現在:複数の遺伝子を同時に解析(マルチプレックスCDx検査)

筆者補足
CDx(コンパニオン診断)とは、特定の治療薬が患者に効果があるかどうかを事前に検査する診断法。


コンパニオン診断(CDx)と包括的ゲノムプロファイリング(CGP)

コンパニオン診断(CDx)

  • 目的:医薬品の適応判定(標準治療として実施)
  • エビデンスが確立された治療法が対応

包括的ゲノムプロファイリング(CGP)

  • 目的:標準治療終了後に、新たな治療ターゲットを探索
  • 保険適用:標準治療が終了または終了見込みの患者のみ
  • 実施施設:限られた施設のみで実施可能

CGP検査の必要性

  1. CDxの偽陰性を補う(分子標的薬・ICIが適応となる可能性)
  2. 新規ターゲットの発見により、治験・臨床研究への参加が可能

肺癌における主な遺伝子検査

検査名対象遺伝子数検査方法必要な腫瘍細胞割合診断までの期間
オンコマインDx46遺伝子NGS(アンプリコアシーケンス)30%以上2週間以内
肺癌コンパクトパネルDx8遺伝子NGS(アンプリコアシーケンス)5%以上2週間以内
AmoyDx11遺伝子リアルタイムPCR20%以上1週間以内
  • オンコマインDxの検査成功率(2024年1月現在)
    • DNA:98.7%
    • RNA:96.5%

Liquid Biopsy(リキッドバイオプシー)の活用

メリット

  • 低侵襲かつ繰り返し可能
  • 腫瘍不均一性の評価が可能
  • 微小残存病変や再発のモニタリング
  • 治療効果のモニタリング

デメリット

  • 血中循環腫瘍DNA(ctDNA)量が少ないと検出できない可能性
  • 偽陰性が多い(特に遺伝子融合変異)
  • クローン造血による遺伝子異常との鑑別が困難
  • 体細胞変異と生殖細胞系列変異の識別が不可

CGP検査の実施状況と肺癌における今後の活用

肺癌の診断時にはCDx検査が実施されるが、すべて陰性であっても以下の理由でCGP検査を考慮すべきである。

  1. CDx検査の偽陰性の可能性
  2. 9遺伝子以外の標的を持つ治験・臨床研究への参加の可能性

リキッドバイオプシーによるCGP検査は偽陰性(特に遺伝子融合変異)が多いため、以下のケースで実施

  • 腫瘍細胞が採取できない場合
  • 腫瘍細胞を用いたパネル検査で結果が得られなかった場合

適応のある分子標的治療薬の恩恵を受けられない症例を最小限にすることが重要


まとめ

  • 肺癌のコンパニオン診断は臨床的有用性が高い
  • 各検査法の特性を理解し、適切な選択が求められる
  • 標準治療終了後のCGP検査の活用を検討すべき
  • 今後、ゲノム医療のリテラシー向上が求められる

教育講演20 高地肺水腫

所属 信州大学内科学第一教室
花岡正幸 先生

高地医学の基礎知識

高度と酸素分圧の変化

海抜0m(横浜)では、大気圧は760トールで、吸入気酸素分圧は149トールである。
標高が上がるにつれて大気圧および酸素分圧は低下し、以下のように変化する。

標高大気圧 (トール)吸入気酸素分圧 (トール)
3000m526100
8000m26746

高度の定義

  • 中間高度(1500m~2500m):SpO2は90%以上を維持するが、急峻な登高や運動により高山病を発症することがある。
  • 高高度(2500m~3500m):日本アルプスが該当し、急峻な登高で高山病が発生しやすい。
  • 死のゾーン(8000m以上):極端な低酸素環境であり、生命維持が困難。

高山病の分類

高山病は以下の5つに分類される。

  1. 急性高山病(AMS)
  2. 高地脳浮腫(HACE)
  3. 高地肺水腫(HAPE)(急性高山病の最重症型)
  4. 慢性高山病(CMS、別名モンヘ病)
  5. 高地の肺高血圧症(HAPH)

症例:高地肺水腫(HAPE)

症例呈示

  • 15歳男子高校生(山岳部員、喘息の既往あり)
  • 登山ルート:長野県の表銀座ルート(北アルプス)
  • 発症経過
    • 2日目夜:頭痛
    • 3日目:倦怠感
    • 4日目未明:咳嗽・喀痰・呼吸困難が悪化
    • 4日目夜:喘鳴
    • 5日目朝:昏睡状態、ヘリで救助
  • 入院時所見
    • 呼吸数46回/分、脈拍117回/分、意識混濁、チアノーゼ、水泡音(コースクラックルズ)
    • 胸部X線:びまん性浸潤影、CT:両側肺後方にすりガラス影
    • 酸素投与・抗菌薬で治療し、13日後軽快退院
  • 診断:高地肺水腫(HAPE)

高地肺水腫(HAPE)の定義と疫学

定義

  • 健常者が海抜2500m以上の高地に急速に到達した際に48~96時間で発症する非心原性肺水腫
  • 急性高山病の最重症型

日本における臨床像

  • 発症地:八ヶ岳(赤岳鉱泉)、槍ヶ岳、奥穂高岳、燕岳、常念岳など(日本アルプスが中心)
  • 年間発症数は数例程度
  • 男性に多く、再発例も多い
  • 富士山での報告はほとんどない(短期間の登山のため)。

初発症状

  • 強い倦怠感
  • 体動時の呼吸困難
  • 歩行速度の低下(「いつもよりバテが強い」程度から始まる)

自覚症状の頻度

  1. 呼吸困難(最多)
  2. 咳嗽
  3. 全身倦怠感
  4. 頭痛
  5. 意識障害

診断

臨床所見

  • チアノーゼ、水泡音(コースクラックルズ)を聴取
  • 感染症所見がない
  • 酸素吸入・低地移送で症状が改善
  • 胸部X線:肺水腫像を認める

画像所見(CT分類)

  1. 軽症例:すりガラス陰影
  2. 典型例:びまん性コンソリデーション
  3. 重症例:強い浸潤影

検査所見

  • 血液ガス:低酸素血症(PaO2 40.2)、呼吸性アルカローシス(pH 7.47, PaCO2 33.2)
  • 右心カテーテル:肺高血圧(平均肺動脈圧28.4mmHg)
  • BAL(気管支肺胞洗浄)
    • 血性変化
    • 炎症性サイトカイン(IL-1β, IL-6, IL-8, TNF-α)高値

病態生理

  • 高度な低酸素血症
  • 不均等な肺血流分布(VA/Qミスマッチ)
  • 低酸素性肺血管収縮による肺高血圧
  • 肺血管の透過性亢進による炎症

治療

基本治療

  1. 低地移送(海抜1000m以下推奨)
  2. 酸素吸入
  3. 薬物療法
    • カルシウム拮抗薬(ニフェジピン)
    • ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬(シルデナフィル、タダラフィル)
  4. 加圧治療バッグ(高度約2000m相当の減圧効果)

予防

再発防止

  • 既往者は原則登山禁止
  • やむを得ず登山する場合は、2500m以上に24時間以上滞在しない
  • 急激な登高を避け、徐々に高地順応を進める

薬物予防

  • カルシウム拮抗薬(ニフェジピン):予防・治療に有効
  • PDE5阻害薬:予防にはタダラフィル、治療にはシルデナフィル

体質的素因と遺伝的要因

高地肺水腫(HAPE)既往者の特性

  • 低酸素環境で肺動脈圧・肺血管抵抗が有意に上昇
  • VA/Qミスマッチ(低酸素負荷時に肺血流が上肺野へ移動)

分子遺伝学的解析

  • HLA、eNOS、AT1R遺伝子がHAPEと関連
  • eNOS遺伝子のGlu298Asp変異+イントロン4aB多形で発症リスク15.54倍
  • NO産生障害により肺血管収縮が促進し、肺高血圧を引き起こす

高地肺水腫のまとめ

  • 静水圧性肺水腫+血管透過性亢進型肺水腫の混合型
  • 低酸素性肺血管収縮による肺高血圧が主因
  • 炎症性サイトカインの関与
  • eNOS遺伝子変異が発症リスクを高める
  • 高地肺水腫は教科書に「混合型肺水腫の代表疾患」として記載されるようになった

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