日本睡眠学会第48回定期学術集会は2024年7月18日19日の2日間開催され、
その後オンデマンド配信も1ヶ月以上ありました。
(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。
目次
こちらの記事は以下の内容が書かれています。
S17-3 睡眠による休養感
〜労働者を中心とした疫学研究結果より〜
大塚 雄一郎先生
健康日本21(第三次)における睡眠休養感の目標
厚生労働省が推進する 健康日本21(第三次) では、睡眠で休養が取れている労働者の割合を
- 現在70%(厚労省の国民健康・栄養調査より)
- 2032年までに80%を目標
と掲げている。
睡眠休養感と疾患との関連性
休養感のない睡眠(nonrestorative sleep: NRS)は以下の疾患と関連する。
睡眠問題との関連
- 不眠症
- 睡眠呼吸障害
- 短時間睡眠 など
身体疾患との関連
- 糖尿病、高血圧症 などのメタボリックシンドローム関連疾患
精神疾患との関連
- うつ・不安障害
NRSは 健康に関連する重要な指標 である。
睡眠休養感と生活習慣の関連
睡眠休養感の悪化と関連する生活習慣
- 運動習慣なし
- 高ストレス
- 寝酒
- 不健康な食習慣
- 不規則な睡眠スケジュール
- 喫煙
睡眠休養感の改善と関連する生活習慣
- 運動
- 清涼飲料水摂取
- 男性では飲酒・喫煙
睡眠時間とNRSの関係
- 睡眠時間が長いほどNRSは減少
- 7時間以上の睡眠が望ましい
飲酒・健康的な生活習慣とNRSの関連
飲酒とNRSの関連
(Otsuka, Clocks & Sleep 2022, 4 (4), 595-606)より
- 男性:アルコール 69g/日以上 で 1.31倍NRSが増加
- 女性:アルコール 46g/日以上 で 1.36倍NRSが増加
- 喫煙はNRSとの関連を認めなかった
特定健診データを用いた横断研究の結果
健康的な生活習慣(以下5項目)を 多く実践するほどNRSが少ない ことが判明。
- 飲酒しない
- 喫煙しない
- 運動習慣(週2回以上30分の運動・1日1時間以上歩行)
- 健康的食行動(朝食欠食なし・夕食後間食なし)
- 肥満なし
NRSと疾患・労働との関連(海外研究)
中国・香港での研究結果
NRS群では以下の疾患リスクが上昇
- 糖尿病
- 胃食道逆流症
- 眼の障害
- 湿疹
- 精神的健康不良
NRSと労働の関係
- 長時間労働ほどNRSが増加
- 仕事のパフォーマンス低下
- 日中の眠気・疲労の増加
- QOLの低下
NRSに関する縦断的研究
研究の背景
これまでの研究は 横断的研究が中心 であり、 縦断的研究が不足 していた。
そこで 2011年4月~2018年3月の健康保険組合員の健康審査データ を用いて研究を実施。
調査した生活習慣項目
- 早食い
- 夕食時間が遅い
- 夜間間食
- 朝食欠食
- 定期的な運動を行わない
- 運動強度が低い
- 歩行速度が遅い
結果
- 調査期間中に 「睡眠休養感あり → なし」 になった割合: 11.3%
- 逆に「なし → あり」 になった割合: 15.4%
睡眠休養感あり(RS)→ なしになった要因
以下の すべての項目がNRSの悪化と有意に関連
- 早食い
- 夕食時間が遅い
- 夜間間食
- 朝食欠食
- 定期的な運動を行わない
- 運動強度が低い
- 歩行速度が遅い
睡眠休養感なし(NRS)→ ありになった群
生活習慣の改善 が すべての項目でNRSの改善と有意に関連 していた。
NRS群の疾患リスク
- メタボリックシンドローム発症リスク:14%増加
- 肥満・高血圧・糖尿病の発症リスク:7%増加
- 脂質異常症とは無関係
睡眠休養感に関する疫学研究の今後の展望
今後の研究課題
- 睡眠休養感の指標の標準化が必要(現在、一定の尺度が確立されていない)
- 若年世代の研究が不足
- 飲酒と睡眠休養感の詳細な分析が必要(寝酒・晩酌の影響など)
- 睡眠休養感と死亡率の関連を検討する必要がある
- 縦断研究・システマティックレビューの蓄積が必要
質疑応答
Q:起床時に睡眠休養感を尋ねるのと、昼間に尋ねるのでは結果に差があるのでは?
PSG(終夜睡眠ポリグラフ)では、睡眠ステージの変化や覚醒反応と関連しているが、
昼間に質問すると 学歴・収入・希望などの社会的背景と関連する という指摘があるが?
A:疫学調査の限界もあるが、結果に大きな差異は認めなかった。
- 国民生活基礎調査データを解析 したところ、 社会的背景を調整しても大きな影響はなかった。
- ただし、質問の時間帯による回答の違い は考慮すべき。
- 今後は 客観的指標の確立 が求められる。
LS-1 レンボレキサントの有効性と安全性に関するエビデンス
鈴木 正泰先生
レンボレキサントの有効性:臨床試験のデータ
プラセボ・ゾルピデムとの比較試験
- プラセボ、ゾルピデム、レンボレキサント(LEM)5mg/10mg の効果を PSG(終夜睡眠ポリグラフ) で測定した研究(Rosenberg et al., JAMA Netw Open, 2019)
- 投与初日・1ヶ月後ともに、入眠潜時・中途覚醒が有意に改善
- ゾルピデムER(本邦未承認)と比較しても優れた効果
日本での研究(Kishi et al., J Psychiatr Res, 2020)
- LEM 5mg/10mg は スボレキサント20mg、ゾルピデムERよりも
- 1週間後・1ヶ月後の入眠潜時を有意に短縮
- 1週間後の中途覚醒も有意に改善(1ヶ月後は有意差なし)
- LEMは「入眠困難型不眠症」に比較的効果が高い可能性
ベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZ薬)の課題
- BZ薬の有害事象は用量依存的に増加
- 長期使用後の中止時に、一過性の不眠悪化が発生する(入眠潜時が約20分増加)
- 患者は自己中断後に不眠が悪化し、服薬を継続する傾向があるため、漸減法が推奨
- 睡眠時無呼吸症候群(OSA)のある患者にBZ薬を投与すると、筋弛緩作用により無呼吸を増悪させる可能性
オレキシンと睡眠・覚醒制御
上行性覚醒系とオレキシンによる制御
- オレキシンは覚醒を制御する神経群を統合調整(覚醒スイッチ)
- ナルコレプシーType1はオレキシン欠乏が原因で睡眠発作を引き起こす
- オレキシン受容体拮抗薬は、ACH・ヒスタミン・セロトニンをブロックし、過覚醒を抑制して睡眠を導入する
専門家の薬剤選択傾向
入眠困難が主体の不眠症患者に推奨される薬剤(Takaesu Y et al., Front Psychiatry, 2023)
第一選択
- レンボレキサント
第二選択
2. エスゾピクロン(ルネスタ®)
3. スボレキサント
4. Z-drug(Zolpidem, Zopiclone, Eszopiclone)
5. 漢方薬
中途覚醒が主体の不眠症患者に推奨される薬剤
第一選択
- レンボレキサント
- スボレキサント
第二選択
3. エスゾピクロン
4. 抗うつ薬
5. 向精神病薬
6. 漢方薬
睡眠薬と転倒リスク
- 佐賀大学の入院患者を対象にした調査 によると
- 従来の睡眠薬(BZ薬など)は転倒リスクを1.6倍増加
- 特にBZ薬は2倍のリスク
- オレキシン受容体拮抗薬(レンボレキサント、スボレキサント)はリスク増加なし
睡眠時無呼吸症候群(OSA)への影響
- レンボレキサントのOSAへの影響を検討した研究 によると
- 単回投与・反復投与(8日間)ともにAHI・SpO2への影響なし(プラセボと有意差なし)
レンボレキサント中止後の影響
- 半年~1年間の投与後に中止した場合
- 入眠潜時の増加は5~10分程度
- 不眠症状の悪化は8割の患者で認められなかった
レンボレキサントの安全性
- 服用によるせん妄の誘発は少なく、安全性が高い
レンボレキサントと睡眠構築
レンボレキサントの特徴
- NREM睡眠増加は従来の睡眠薬と同じ
- REM睡眠を増加させ、REM潜時を短縮する(従来の睡眠薬との違い)
併存不眠症、特にうつ病への注意点
うつ病患者の睡眠構築の特徴
- 徐波睡眠(SWS)の減少
- REM睡眠の早期出現
- REM睡眠潜時の短縮
- REM密度の増加
- 総睡眠時間の減少
- 睡眠効率の低下
- 睡眠潜時の延長
レンボレキサントによる影響の懸念
- REM睡眠を増加・REM潜時を短縮するため、不眠を増悪させる可能性がある
- 今後の研究が必要
筆者補足:睡眠ステージについて
睡眠ステージはNREM(ノンレム睡眠)とREM睡眠に分類
- NREM睡眠はステージ1~4に分類
- ステージ3・4は「徐波睡眠(SWS)」と呼ばれ、最も深い睡眠
- SWSは低周波(2Hz以下、75μV以上)の脳波が主体
- 健康な成人は入眠後に早期にSWSへ移行
- SWSの出現が20%超えで「ステージ3」、50%超えで「ステージ4」と分類
Q and A
Q. RBD(レム睡眠行動障害)に対するレンボレキサントの投与はどうか?
A.
- 演者自身に投与経験はなし
- 正常なREMを増やすため、大丈夫ではないかという報告あり
LS-2 レンボレキサントの実臨床における評価
林田 健一先生
講演概要
本日の概要
- 作用機序・特性を踏まえた睡眠薬の選択
- レンボレキサントの使用経験(N=215)
- レンボレキサント代替療法:多施設共同臨床研究
- 治療出口戦略におけるレンボレキサントへの期待
睡眠対策:「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
厚生労働省が発行した 「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(2024年2月公開)を活用することが推奨される。
エーザイ株式会社がわかりやすいリーフレットを作成しており、臨床での利用に適している。
作用機序・特性を踏まえた睡眠薬の選択
現在、不眠治療薬には 3種類の作用機序 がある。
BZ系薬の使い方(2024年5月のアップデート)
- できるだけ少量・単剤・頓服・短期間を心がける
- 最新の勧告を患者と共有することが重要
メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)
- MT1受容体 → 傾眠作用(体温・血圧を下げ、入眠促進)
- MT2受容体 → 体内時計の調整(概日リズム睡眠障害に有益)
- ラメルテオンは概日リズム調整作用があるが、睡眠維持効果は期待できない
- OSA(睡眠時無呼吸症候群)の中途覚醒にも効果は限定的
オレキシン受容体拮抗薬(レンボレキサント)
- オレキシン1・2受容体拮抗作用により覚醒から睡眠への移行を促進
- スボレキサントと比較すると、レンボレキサントは
- オレキシン2受容体への作用が強い
- 受容体との結合乖離スピードが速い
- これらが臨床的特性の違いを生んでいる
演者のレンボレキサント使用経験(N=215)
- 有効率:75%
- 年齢による有効率の差なし
- 維持量の平均
- 若年者:5mg
- 65歳以上:3.75mg
ISI(不眠重症度質問票)による評価
ISIスコア | 意味 |
---|---|
0~7点 | 臨床的な不眠なし |
8~14点 | 軽度不眠 |
15~24点 | 中等度不眠 |
22~28点 | 重度不眠 |
- LEM投与の効果
- 15点 → 2週間後 13点 → 3ヶ月後 11点(有意に改善)
併存症に対するレンボレキサントの効果
併存症 | 有効率 |
---|---|
気分障害(うつ・双極性障害) | 75% |
OSA併存不眠症 | 79% |
概日リズム睡眠障害併存不眠症 | 100% |
スボレキサントからレンボレキサントへの変更
- 有効率(症状改善+満足感):76%
BZ薬からのダイレクトスイッチ
- 有効率:77%
- 無効:20%
- 患者のモチベーションが高ければダイレクトスイッチは可能
BZ薬離脱症状への対応
- BZ薬離脱症状に注意してレンボレキサントをアドオン(N=43)
- 有効率:65%
- 脱BZ薬成功:7例
- 減量成功:13例
- BZ薬を6ヶ月以上長期服用すると離脱症状が出やすいため、慎重な減薬が必要
BZ薬減薬のエキスパートコンセンサス
- 推奨される減薬方法
- 減薬法
- 睡眠衛生指導
- リラクゼーション法
- 多剤への切り替え
- 睡眠制限法
- 頓用使用への切り替え
- 刺激制御法
- 認知行動療法(CBT)
- BZ薬の置換薬として推奨
- オレキシン受容体拮抗薬(レンボレキサントなど)
- メラトニン受容体作動薬(ラメルテオンなど)
Q and A
Q. なぜLEMはZ-Drugからのダイレクトスイッチに有効だったのか?
A. LEMの高い入眠効果が成功の要因のひとつと考えられる。
Q. オレキシン受容体拮抗薬はREM睡眠を増やすため、悪夢の副作用が出やすいのでは?
A. BZ薬を長期服用していた患者には、アドオンしながら慎重に切り替え。
定常状態になればオレキシン受容体拮抗薬も安定し、悪夢のリスクは軽減される。
Q. LEM 2.5mg/5mgでも朝にぼーっとする患者への対応は?
A.
- LEMは7時間以上の就寝を前提とした薬
- 超短時間型Z-drugに慣れた患者は、5時間睡眠が習慣化しているため持ち越しやすい
- 短時間睡眠しか取れない患者にはLEMは不適
- 夜型患者には、ラメルテオンを早めに飲んでリズムを整えた後にLEMを服用
- 頓服でZ-drugを使う場合はエスゾピクロンが推奨されるが、Z-drugの併用は推奨されない
Q. 持ち越しを防ぐため、LEM 2.5mgを頓服的に使うのはアリか?
A.
- できるだけ服薬を避けたい患者には、少量で試しながら調整
- 5mgを基本として、必要時に2.5mgを追加する方法もアリ
Q. うつ病に対するLEMの効果は?
A.
- 一定の割合で手応えあり
- 抗うつ薬と併用することで不眠の軽減に寄与する可能性
Q. BZ薬をやめたくない患者には無理に勧めるべきではない?
A.
- 無理に勧めない
- 「新しい安全な薬がある」と節目ごとに案内
- 家族の助言をきっかけにするのも有効(例:「お孫さんからの助言」)
一般人口データを用いた休養感のない睡眠と希死念慮の関連性の検討
金子 宣之先生
背景
近年の睡眠休養感の重要性
- 「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(2024年2月公開)
- 健康日本21(第三次) において、「睡眠で休養が取れている者の増加」を目標に設定
- 休養感のない睡眠(nonrestorative sleep: NRS) が重要なターゲット
NRSとうつ病発症の関連
- NRSはうつ病発症の強いリスク要因
- 一般人口約1,200人を対象にした1年間の追跡研究 では
- 入眠困難・睡眠維持困難・早朝覚醒・再入眠困難・NRSのすべてがうつ病発症と関連
- 睡眠関連症状を調整したモデルではNRSのみが有意に関連
- NRSはうつ病発症と強く関連する 可能性が示唆された
G7各国の自殺率比較
- 日本は先進国の中で最も自殺率が高い
- 健康日本21では、自殺率の減少が目標の一つ
睡眠障害と自殺リスクの関連性
- 短時間睡眠や不眠症状が希死念慮と関連 する報告が多数
- 睡眠治療により希死念慮が減少 することも報告
- 睡眠は自殺予防の観点から極めて重要
研究の目的
- 一般人口におけるNRSと希死念慮の関連を、他の睡眠関連症状と比較し明らかにする
研究方法
対象
- 日本全国から無作為抽出した20歳以上の一般人口(N=2,559) の既存横断疫学データ
NRSの定義
- 「普段の睡眠で休養が取れていると思うか?」の質問に対し
- 「あまり取れていない」「全く取れていない」 → NRSあり と判定
解析方法
- 睡眠関連症状(NRS、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、短時間睡眠(6時間未満))と希死念慮との関連 を 多変量ロジスティック回帰分析 で検討
- 調整因子(傾向スコアを使用)
- 人口統計学的要因(年齢、性別、教育歴、経済状況、調査地域、就労状況)
- 生活習慣(飲酒、喫煙)
- 精神医学的要因(神経質傾向・うつ症状・ストレス)
結果
希死念慮の有病率
- 全体の2.5%が希死念慮あり
- 希死念慮を有する者の40%以上がNRSあり
多変量解析の結果
- 調整因子補正後のモデルでは、NRSのみが希死念慮と関連
- 他の睡眠関連症状(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、短時間睡眠)は有意ではなかった
考察と結論
NRSと希死念慮の独立した関連
- NRSは、人口統計学的要因・生活習慣・精神医学的要因と独立して希死念慮と関連
- 睡眠関連症状を調整したモデルでも、NRSのみが希死念慮と関連
国民代表性のあるサンプルでの示唆
- NRSは他の睡眠関連症状よりも希死念慮と強い関連
- 短時間睡眠・不眠症状・その他の睡眠障害の影響を包括する「睡眠充足度」の指標として有効
自殺予防施策におけるNRSの重要性
- NRSの評価と改善が、自殺予防のための有効な介入ポイントとなる可能性
- 今後の施策として、睡眠の休養感を高める対策が求められる