2025年4月11日(金曜日)~13日(日曜日)に
第65回日本呼吸器学会学術講演会が開催されました。
(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。
●教育講演5 アクリル酸系ポリマーによる新規塵肺の機序
矢寺和博先生 産業医科大学呼吸器内科学
アクリル酸系ポリマーによる新規塵肺
アクリル酸系高分子化合物(ポリマー)による新規塵肺疾患は、従来の塵肺の概念とは異なる特徴を有し、その病態解明は産業保健上、極めて重要である。
新規塵肺の発見と臨床的特徴
従来の塵肺は、シリカなどの無機粉じんの吸入によって引き起こされることが一般的であった。一方、有機粉じんによる肺障害は、主に過敏性肺炎のようなアレルギー反応として認識されており、直接的な肺線維症をきたすことは稀と考えられてきた。
しかし、2017年に厚生労働省から、アクリル酸系ポリマーを扱う工場で、肺線維症が多発していることが報告された。この事例では、以下の特徴がみられた。
– 発症者: 20代から40代の若年労働者。
– 曝露期間: わずか2~3年程度の短期間の業務で発症。
– 作業内容: ポリマー粉末の製造工程、特に袋から別容器へ移し替える梱包作業での高濃度曝露が原因と推測されている。
– 臨床像: 胸部CTでは上肺野優位の小葉中心性結節影や気管支壁肥厚を認め、特に注目すべき点として、8名中6名(75%)に気胸を合併していた。病理学的には、複数の小葉中心性の線維化病巣が確認されている。
この報告は、有機高分子化合物が直接的に重篤な肺線維症を引き起こしうることを示す衝撃的なものであった。
肺毒性に関与する物理化学的特性の解明
我々の研究グループは、このポリマーのどのような物理化学的特性が肺毒性に関与しているのかを明らかにするため、ラットを用いた動物実験を行った。ポリマーの「分子量」「架橋構造」「官能基(カルボキシ基)」の3つの要素に着目し、その影響を比較検討した。
1. 分子量の影響
架橋構造を持たないポリアクリル酸について、高分子量と低分子量のものをラットに気管内投与し、肺への影響を比較した。
その結果、高分子量のポリマーを投与した群で、より重度の炎症と線維化が認められた。このことから、分子量が大きいほど肺毒性が高いことが示唆された。
2. 架橋構造の影響
次に、同程度の分子量を持つポリマーで、「架橋構造があるもの」と「ないもの」を比較した。その結果、架橋構造を持つポリマー群の方が、肺の炎症および線維化が有意に強く惹起された。
架橋構造が存在することで、ポリマーの毒性が増強される可能性が考えられる。
3. カルボキシ基(-COOH)の関与
ポリマーの化学構造に含まれる官能基の影響を調べるため、「カルボキシ基を持つポリマー」と、化学的に「カルボキシ基を除去したポリマー」を比較した。
その結果は劇的であった。
カルボキシ基を持つポリマーを投与した群でのみ、重篤な炎症、肺胞壁の肥厚、そして著しい線維化が確認された。気管支肺胞洗浄液(BALF)の解析でも、カルボキシ基を持つ群でのみ、総細胞数、好中球、総蛋白、LDHが著増しており、強い炎症と細胞傷害が示された。
→ アクリル酸系ポリマーの肺毒性において、カルボキシ基が決定的に重要な役割を果たしている。
肺毒性の分子メカニズム
毒性発現の分子メカニズムを解明するため、網羅的な遺伝子発現解析を行った。
– オステオポンチン(SPP1)の関与: カルボキシ基を持つポリマーを投与した群の肺組織では、線維化に関与する遺伝子であるオステオポンチン(SPP1)の発現が著しく亢進していた。また、BALF中のオステオポンチン濃度は、線維化誘導因子であるTGF-βと正の相関を示した。
– マイクロRNAの役割: 肺胞洗浄液中のエクソソームに含まれるマイクロRNAを解析したところ、miR-24-3pおよびmiR-23a-3pという2つのマイクロRNAが、TGF-βシグナル伝達経路に対して抑制的に作用している可能性が示唆された。
カルボキシ基を持つポリマーは、これらの抑制機構を破綻させることで、線維化を促進している可能性がある。
まとめ
1. 肺毒性の決定因子: ポリマーの肺毒性は、①分子量が大きいこと、②架橋構造があること、そして特に③カルボキシ基を有していることによって著しく増強される。
2. 産業保健への示唆: これらの知見は、化学物質の安全管理において極めて重要である。同様の特性を持つポリマーを扱う作業現場では、厳重な曝露防止対策(局所排気装置の設置、防じんマスクの着用徹底など)が不可欠である。
3. 治療への可能性: オステオポンチンや関連するマイクロRNAが新たな治療標的となる可能性があり、今後のさらなる研究が期待される。
