肺癌における腫瘍微小環境

2025年4月11日(金曜日)~13日(日曜日)に
第65回日本呼吸器学会学術講演会が開催されました。

(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。

●教育講演14 肺癌における腫瘍微小環境
冨樫 庸介先生 岡山大学血液・腫瘍・呼吸器・アレルギー内科

はじめに

「肺癌における腫瘍微小環境」をテーマとしている。演者は基礎の教室と病院の兼任教授であり、本日の内容は主に基礎の教室でのデータがメインとなる。肺癌のデータも含まれるが、基本的には「どんな癌でも微小環境は似ている」というスタンスに基づき、様々な癌種のデータを含めて紹介するものである。

がん免疫の基本理論:がん免疫編集(Cancer Immunoediting)

我々の身体の中では、1日に3000個程度のがん細胞が日々できているらしいとされている。しかし、多くの人がそう簡単には癌にならない。これは、免疫系が正常に働いているからである。この、がんと免疫のせめぎ合いを説明する理論として、2000年代前半に提唱された「がん免疫編集(Cancer Immunoediting)」がある。この理論は、以下の3つのフェーズで構成されている。
1. 排除相(Elimination Phase)免疫系が正常に機能し、がん細胞を「自分ではない異物(非自己)」として認識し、排除している段階である。このおかげで、我々は日々発生するがん細胞を発症に至らせずに済んでいる。
2. 平衡相(Equilibrium Phase)がん細胞は賢く、排除を逃れるために、だんだんと免疫系に認識されにくい、あるいは排除されにくいものが生き残ってくる。その結果、免疫系によって完全には排除されないが、がんとして臨床的に見つかるほどには増殖していない「平衡状態」に入る。
3. 逃避相(Escape Phase)最終的に、がん細胞が免疫系の監視から完全に逃れる(エスケープする)ことに成功すると、本格的に増殖を開始し、臨床的に発見される「がん」として発症する。我々が臨床で出会う患者は、この「逃避相」にあると言える。

がん免疫療法の作用機序とCancer-Immunity Cycle

現在のがん免疫療法の中心である免疫チェックポイント阻害薬は、T細胞の働きに深く関わっている。T細胞は、がん細胞を攻撃する主役であるが、がん細胞はこのT細胞の攻撃から逃れるための巧妙な仕組みを持っている。
T細胞の表面にはPD-1やCTLA-4といった分子が存在する。これらは本来、免疫反応が過剰になりすぎないようにブレーキをかける役割(免疫の暴走を防ぐ)を持つ分子である。がん細胞は、この仕組みを巧みに利用し、リガンドであるPD-L1などを発現することでT細胞のブレーキを踏ませ、攻撃を止めさせてしまう。CTLA-4やPD-1を多数発現するT細胞はがん細胞を攻撃する力が弱くなっており、この状態がT細胞の「疲弊(Exhaustion)」状態である。
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、このPD-1/PD-L1やCTLA-4の結合をブロックする薬剤である。これにより、がん細胞によるブレーキがかからなくなり、疲弊していたT細胞が再活性化され、再びがん細胞を攻撃できるようになる。これが、ICIの基本的な作用メカニズムである。
このT細胞ががんを攻撃する一連の流れは「Cancer-Immunity Cycle」と呼ばれ、7つのステップで説明される。

  1. がん細胞から抗原(がん抗原)が放出される。
  2. 抗原提示細胞(樹状細胞など)ががん抗原を取り込み、MHCというお皿のようなものをつかってがん抗原をT細胞に提示する。
  3. T細胞が抗原を認識し、活性化される(プライミング)。・・・末梢のリンパ節で行われる。CTLA-4はこの段階で働く。
  4. 活性化されたT細胞が血流に乗って腫瘍へ輸送される。
  5. T細胞が腫瘍組織内へ浸潤する。
  6. T細胞が腫瘍内でがん細胞を再び認識する。
  7. T細胞ががん細胞を殺傷(攻撃)する。

ICIの中でも、CTLA-4抗体は主にステップ3の「プライミング」段階で、PD-1/PD-L1は主にステップ7の「殺傷」段階(エフェクターフェーズ)で作用すると考えられている。
CTLA-4が働くとがん免疫サイクルが止まるし、PD-1、PD-L1が働くとT細胞ががんを攻撃しなくなる。

免疫療法のバイオマーカーとその相関

ICIは全てのがん患者に有効なわけではなく、肺癌単剤治療では奏効率はせいぜい2〜3割程度である。そのため、効果を予測するためのバイオマーカー研究が盛んに行われている。代表的なものに以下の3つがある。
1. PD-L1発現: がん細胞や免疫細胞におけるPD-L1の発現量。発現が高いほど効果が期待される。
2. 腫瘍浸潤リンパ球(TIL): 腫瘍組織内にどれだけT細胞が浸潤しているか。
3. 体細胞変異数(TMB): がん細胞のゲノムに存在する遺伝子変異の総数。
これら3つのバイオマーカーは、一つのストーリーで繋がっていると考えられる。TMBが多いと、正常なタンパク質とは異なるアミノ酸配列を持つ「ネオ抗原」が作られやすくなる。ネオ抗原は免疫系にとって強い「非自己」として認識されるため、これを標的とするT細胞(TIL)が腫瘍内に集まりやすくなる。T細胞が集まると、それに対抗するためにがん細胞はPD-L1を発現させて攻撃をかわそうとする。つまり、「TMB高 → ネオ抗原多 → TIL多 → PD-L1高発現」という連鎖反応が起きている可能性があり、これがバイオマーカーとしての価値の背景にある。

しかし、TMBが高ければ高いほど良いというわけではない。
演者らの肺癌における研究では、TMBと免疫応答の相関を見たところ、TMBがある一定のレベルまでは免疫応答を促進するが、それを超えると逆に免疫応答が抑制されるというデータが得られた。これは、過剰な遺伝子変異ががんの悪性度そのものを高め、WNT/β-cateninシグナルなど別の免疫抑制経路を活性化させてしまうことや、変異した遺伝子自体が免疫抑制機能を持つ場合があることなどが理由として考えられる。
量だけでなく「質」的な評価が必要であると演者は考えている。

腫瘍微小環境における多様な免疫抑制因子

三次リンパ様構造(TLS)と濾胞性ヘルパーT細胞(TFH)

近年、腫瘍組織の局所に形成されるリンパ節様の「三次リンパ様構造(TLS)」が注目されている。TLSが存在すると、ICIの予後が良いとされる。TLSには、B細胞の成熟を助ける「濾胞性ヘルパーT細胞(TFH細胞)」が豊富に存在する。演者らの研究では、TFH細胞をノックアウトしたマウスではPD-1抗体の効果が減弱することが示された。また、TFH細胞は脳転移においても重要な役割を果たす可能性が報告されており、TFHが発現するCTLA-4を標的とすることで、脳転移に対する治療効果が高まる可能性も示唆されている。
演者らはTILの1細胞解析から、PD-1陽性CD8陽性T細胞がバイオマーカーになる可能性を見出したが、耐性例も存在した。
耐性機序
 抗原認識に関わる耐性メカニズム ・・・ネオ抗原がはじめから少ないか欠如、MHCが発現していないなど。
 遊走・浸潤に関わる耐性メカニズム・・・ケモカインの低下、WNT/β-catenin など
 抗原認識に関わる耐性メカニズム
 細胞障害に関わる耐性メカニズム・・・がん抗原もあってT細胞も腫瘍まで浸潤したが最終的な攻撃の段階で攻撃性が低下するもの、たとえば他の抑制性免疫チェックポイント分子、抑制性細胞、代謝、増殖抑制など

代謝環境とミトコンドリアの細胞間移動(トランスファー)

ミトコンドリアは酸化的リン酸化をつかさどり、ATP産生を効率的に行う細胞内小器官(オルガネラ:Organelle)で、大昔に共生したものである。 →であれば今でも細胞外に出ていってもいい、つまり伝播してもいいのではと演者らは考えた。

腫瘍微小環境は、低糖・低酸素といった過酷な代謝環境にある。T細胞が正常に機能するためには、エネルギー産生工場であるミトコンドリアが不可欠である。演者らは、患者由来のがん細胞からT細胞(TILs)へ「ミトコンドリアが丸ごと移動(トランスファー)する」という驚くべき現象を発見し、報告した。患者検体の解析で、T細胞(TIL)とがん細胞が同じミトコンドリアDNA変異を共有していることを見出したのがきっかけである。共培養実験により、がん細胞由来のミトコンドリアがT細胞(TILs)内に取り込まれる様子を可視化することに成功した。
さらに、がん細胞由来のミトコンドリアを受け取ったT細胞は、増殖能やサイトカイン産生能が著しく低下し、機能不全に陥ることが明らかになった。これは、がん細胞が自らの不要な(あるいは変異した)ミトコンドリアをT細胞に押し付けることで、T細胞を疲弊させる新たな免疫逃避メカニズムであると考えられる。実際に、患者の腫瘍組織でミトコンドリアDNA変異が高頻度で見つかる症例は、ICIの治療効果(PD-1抗体の治療効果)が悪いという相関も確認された。(Ikeda H and *Togashi Y et al. Nature 2025.)

がん関連線維芽細胞(CAF)

CAFは、腫瘍微小環境に存在する主要な細胞の一つで、従来はがん細胞の周囲に物理的なバリアを形成し、T細胞の浸潤を阻害すると考えられてきた。しかし、演者らが3Dバイオプリンターを用いて行った実験では、CAFがバリアを形成するよりも、がん細胞と直接的に密に相互作用(mix)している状態の方が、T細胞の活性を強く抑制することが示された。物理的な障壁というより、細胞間の直接的なコミュニケーションが免疫抑制の本体である可能性が高い。

制御性T細胞(Treg)

Tregは、免疫応答にブレーキをかける抑制性のT細胞であり、がん微小環境において免疫を抑制する悪玉として知られている。驚くべきことに、演者らの研究で、抗PD-1抗体がこのTregの抑制機能を「さらに強めてしまう」という現象が明らかになった。TregはPD-1を非常に高発現しており、抗PD-1抗体がTregに結合すると、その抑制活性が亢進することが実験的に示された。(Kamada T and Togashi Y, et al. PNAS 2019. Kumagai S and Togashi Y, et al. Nat Immunol 2020.)
これは、抗PD-1抗体療法における耐性メカニズムの一つと考えられ、実際に抗PD-1抗体治療後にTregが増加している患者も確認されている。マウスの実験ではあるが、PD-1陽性Tregが多数腫瘍に浸潤して、抗PD-1抗体に耐性となった後に抗CTLA-4抗体を被せると耐性が解除された。→ TregにはCTLAの働きを抑えるCTLA-4抗体の併用が合理的な戦略となりうる。
EGFR変異のある肺癌においてもTregが多数浸潤していることを演者らは報告したが、EGFRの変異自体がTregの浸潤に関与している。これも耐性と関連があるであろう。

新規免疫チェックポイント分子と耐性克服

PD-1やCTLA-4以外にも、T細胞の働きを抑制する分子は多数存在する。その一つが「TIGIT/CD155」である。
演者らは、PD-1とCTLA-4の併用療法でも効果がなかった極めて治療抵抗性の患者を解析した。この患者はTMBもTILも豊富で、本来なら治療が効きそうなプロファイルを持っていた。詳細な解析の結果、この患者のがん細胞では「PVR(CD155):抑制性の分子」が極めて高く遺伝子発現していることが判明した。PVRに対応する蛋白質はCD155であるが、T細胞に発現する免疫チェックポイント因子TIGITのリガンドである。TIGITとCD155が結合することで、TIGIT-PVR経路が強力なブレーキとして働き、PD-1/CTLA-4ブロックだけでは抑制解除が不十分だったと考えられる。実際に、この患者の細胞を用いた実験では、Anti-TIGIT抗体を投与しTIGITをブロックすることでT細胞の活性が回復することが示された。

免疫療法のプレシジョン・メディシンへ

ゲノム医療が遺伝子変異に基づいて最適な薬剤を選択するように、免疫療法も個々の患者の腫瘍微小環境を詳細に解析し、治療法を個別化する「プレシジョン・メディシン」の時代へと向かうべきである。
各患者に最適化された複合免疫療法をデザインすることが、今後の重要な課題となる。
本講演で紹介したような腫瘍微小環境の多様なメカニズムの解明は、その実現に向けた第一歩である。

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