糖尿病は「寛解」を目指せる時代へ ― インクレチン療法とは?

糖尿病についての講演会の聴講録を作成しました。

(注意)あくまで私の聴講メモですので記載内容が正確でない可能性があります。責任は負えませんのでご了承ください。

GIP/GPL-1RA Swminar in 福山 2025年8月19日

演題:インクレチン療法の展開 〜GIP/GLP1受容体作動薬チルゼパチドを臨床で活かすために〜

演者:坂口一彦先生 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・総合内科学分野 総合内科学診療部長

医学教育分野 特命教授

1. 講演の概要

  • テーマ: GIP/GLP-1デュアルアゴニスト「チルゼパチド」の臨床的価値を、最新のエビデンスと実践的知見から解説する。
  • 目的: 糖尿病初期治療の重要性を再確認し、チルゼパチドがもたらす「寛解」という新たな治療目標の可能性を探る。
  • 構成: 糖尿病初期治療の重要性(UKPDS試験の知見) 糖尿病治療の新概念「寛解(Remission)」 チルゼパチドの多面的な作用機序と圧倒的な臨床効果 臨床での実践と注意点 臨床症例から見るチルゼパチドの可能性 Q&Aセッション ●糖尿病初期治療の重要性 – UKPDS試験からの教訓
  • 背景: 1977年に開始された世界最大規模の長期臨床試験UKPDSが、初期治療の意義を医学的に証明した。対象は初診の2型糖尿病患者5,102人、介入期間は平均10.2年、最長で20年に及んだ。
  • 主要な知見:「Legacy Effect(遺産効果)」 内容: 糖尿病発症早期に厳格な血糖管理を行うと、その効果が治療介入終了後も数十年持続し、心血管イベントや死亡リスクを有意に低下させる。 具体的な効果と臨床的意義
  • 早期介入の重要性: 同じHbA1c 1%低下でも、介入時期が早いほど将来の予後改善効果は大きい。発症直後の介入では15年後の全死亡リスクが約30%低下するのに対し、発症10年後の介入では約15%の低下にとどまる。
  • 介入終了から10年後、初期の強化療法群は通常療法群に比べ、心筋梗塞リスクが15%減、細小血管合併症が24%減、総死亡が13%減という結果であった。 UKPDS91(40年追跡調査): 2024年に発表された最新の報告では、試験開始から40年が経過しても、この「遺産効果」が統計的に有意に持続していることが確認された。

→ 早期診断と早期治療開始を患者の人生を変える!

糖尿病治療の新概念「寛解(Remission)」

  • 従来の常識からパラダイムシフトへ: 従来、糖尿病は「治癒」せず「コントロール」する疾患とされてきた。血糖値が正常化しても「コントロールが良好な糖尿病」と考える。 しかし、肥満を伴う2型糖尿病患者への代謝改善手術により、多くの患者が薬物療法から離脱し、長期的に正常血糖を維持できることが判明。
  • 術後15年経っても約30%の患者が空腹時血糖110mg/dL未満を維持したというデータがある。
  • 「寛解」の定義: 薬物療法なしで、HbA1c 6.5%未満の状態が少なくとも3ヶ月以上持続すること。
  • 薬剤による寛解への期待: チルゼパチドのような強力な血糖降下作用と体重減少作用を持つ薬剤は、代謝改善手術に匹敵する効果をもたらし、薬物療法による「寛解」を現実的な治療目標とする可能性を秘めている。 ●チルゼパチドの多面的な作用機序と圧倒的な臨床効果
  • 製剤的特徴分類: 世界初のGIP/GLP-1デュアルアゴニスト。 作用特性: GIP受容体へは天然ホルモンと同等の親和性を持つ一方、GLP-1受容体へはその約1/5の親和性という「バイアスアゴニズム」が特徴。
  • 血糖を強力に改善するメカニズムインスリン分泌増強 (GSIS強化): 食後のインスリン分泌の約3分の2を担うインクレチン(GIP 44%, GLP-1 22%)作用を強力に増強。血糖値の「絶対値」と「変化速度」の両方に鋭敏に応答し、特に食後の急峻なインスリン初期分泌を改善する。 グルカゴン分泌抑制: 血糖上昇ホルモンであるグルカゴンの分泌を抑制する。 β細胞機能の改善: プロインスリン/インスリン比を改善させ、質の良いインスリン分泌を促す。*筆者補足:疲弊したβ細胞はプロインスリンをインスリンに変換する効率が低下している。 インスリン感受性改善: 体重減少効果とは独立した、薬剤固有の直接的なメカニズムでインスリンの効きを良くする。体重減少による寄与は3割以下とされ、残り7割以上は直接作用と考えられている。 Glucose Effectiveness向上: インスリンを介さない血糖処理能力をも高める可能性が動物実験で示唆されている。

*筆者補足)Glucose Effectivenessの生理的メカニズム

通常、インスリンを介さずに血糖が処理される仕組みは大きく2つです。

末梢組織(筋肉・脂肪など)によるブドウ糖取り込み

  血糖が高いと、細胞膜上のトランスポーター(GLUT1など)がインスリン非依存的に糖を取り込む。

  特に脳や赤血球ではインスリンに依存せず糖を使う。

肝臓での糖産生抑制

  高血糖そのものがシグナルとなって、肝臓の糖新生やグリコーゲン分解を抑える。

臨床試験での圧倒的な効果日本人対象試験(SURPASS J-MONO)

 HbA1c低下: 5mg投与群で**94%**の患者が7.0%未満を達成。

 さらに、**HbA1c 5.7%未満(正常範囲)を達成した患者が15mg群では81%**にも上った。 体重減少: デュラグルチド(トルリシティ®)群はほぼ横ばいに対し、チルゼパチド15mg群で平均-10.7kgを達成した。 セマグルチドとの直接比較試験(SURPASS-2): HbA1c低下、体重減少のいずれにおいても、チルゼパチドはセマグルチドを上回る効果を示した。 臨床での実践と注意点

  • 注意すべき有害事象:「チルゼパチドドロップ」(Slimmer’s Palsy) 症状: 急激な体重減少(症例ではBMIが35.37→19.84に低下)に伴い、腓骨神経が圧迫され足首が上がらなくなる「下垂足」。 対策: 薬剤特有の副作用ではないが、著しい体重減少が見られる場合はこのリスクを念頭に置く必要がある。
  • 周術期管理課題: 胃内容排出遅延作用による麻酔時の誤嚥リスク。 現状: 明確な指針はない。薬剤の半減期(約5日)の3倍にあたる15日間(約2週間)の休薬が一案として挙げられるが、血糖悪化のリスクもあり、個別の判断が重要。
  • 自己注射デバイス「アテオス」利便性: 操作が極めて簡便で、針が見えない構造のため患者の負担が少ない。高齢者でも1回の指導で習得可能である。 臨床症例から見るチルゼパチドの可能性
  • 症例1:GLP-1作動薬で寛解に至った34歳女性 初診時: HbA1c 12.6%、増殖糖尿病網膜症、顕性腎症(アルブミン尿 2539.2mg/gCr)。 経過: リラグルチドの早期導入により血糖が劇的に改善。1年足らずで薬物療法を中止し、その後10年以上寛解状態を維持。アルブミン尿も腎症1期のレベルまで改善した。 考察: 発症早期の強力なインクレチン療法が寛解導入に寄与した可能性を示唆。
  • 症例2:初診からチルゼパチドを導入した63歳男性 初診時: HbA1c 10.8%、放置された2型糖尿病。 経過: チルゼパチド導入後、数ヶ月でHbA1cは**6.1%**まで改善。 β細胞機能の変化: インスリン分泌能の指標であるCPI(Cペプチドインデックス)は、治療開始時の1.0から一時期6.9へと劇的に改善。その後、インスリン感受性の改善に伴いインスリン必要量が減ったため、3.7に落ち着いた。これはβ細胞機能が回復している良好な兆候である。
    Q&A
  • Q1 腎機能低下(GFR 30未満)が除外基準である理由は?A  主な理由は、その集団を対象とした臨床試験が行われておらず、安全性が確立されていないためである。
  • Q2 チルゼパチドに抗動脈硬化作用は期待できるか? A セマグルチドでは大規模臨床試験(SUSTAIN-6)で心血管イベント抑制効果が証明されている。チルゼパチドもメタ解析では良好な結果を示しているが、心血管アウトカムを主要評価項目とした大規模試験の結果はまだ出ていない。作用機序から期待はされるが、明確なエビデンスは構築中である。
  • Q3 HbA1cは改善するが、体重が十分に減らない場合の対応は? A HbA1cは正常化すればそれ以上下がらないが、チルゼパチドの体重減少効果は用量依存性である。したがって、コスト面や副作用を患者と相談の上、投与量を増量すれば、さらなる体重減少効果が期待できる。

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